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2010年03月25日

●再度、移転のお知らせ

先週の土曜日以来、不調で更新が出来なかった新しいサイトですが、昨夜に
やっと復調いたしました。

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撮影 2007年11月:PALAU GP3 水深-5m 大きさ 不明

なので本日2010年3月25日から、新しい報告は再び マンぶーンの生活 2んど
アップさせて頂きます。

お手数ですが、 マンぶーンの生活 2んど をクリックして下さるか、ご面倒ですが
下記のアドレスを直接ご入力されて、ご閲覧願います。

 http://www.kazkian.com/z/manboon2nd/

お手数をお掛けしますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

2010年03月22日

●今日も三木浦に来てしまいました

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一昨日の三木浦が面白かったので、昨日はお昼過ぎまで
仕事して、今日も三木浦にまた来てしまいました。

1本目は箱島漁礁、砂地にジャングルジムの様な漁礁が
沢山置いてあり、生物がいっぱい付いてます。

お弁当食べて、2本目はウミウシいっぱいの
ナナコのダボを潜って来ます。

2010年03月20日

●今日は三木浦

新しいサイトの調子が悪いので、とりあえずこちらにアップさせて
いただきます。

****************************

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今日は2週間振りのブランクダイビング。
これまた約1年半に振りに、三木浦で
潜ってます。
三木浦はのんびり出来て、甲殻類やウミウシが
いっぱい居て好きなポイントです。

1本目は沈船、水底は綺麗でしたが、水面はニゴニゴ。
西伊豆も春濁りでニゴニゴらしく、
今はどこもニゴニゴですかね〜

2010年03月18日

●移転のお知らせ

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撮影 2007年6月:PALAU 水深-18m 大きさ30mmぐらい

約5年に渡って皆さんに見て頂いておりました " マンぶーンの生活 " ですが、
本日2010年3月18日より、デザインを一新して マンぶーンの生活 2んど
タイトルにて本日よりアドレスも変更させて頂きました。

お手数ですが、 マンぶーンの生活 2んど をクリックして下さるか、
下記のアドレスを直接ご入力されて、ご閲覧願います。

 http://www.kazkian.com/z/manboon2nd/

お手数をお掛けしますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

2010年03月09日

●昨日、3月8日は

昨日、3月8日は匡平の月命日。
今月も朝早くからお坊さんにお越しいただいて、お経をあげていただいてから
いつもの様に匡平が天国に行った場所に出かけて、お花と線香、そしてあの日
匡平が最後に自分と一緒に食べた物を手向けてきました。

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いつもはコンデジで撮してますが、今回は先日の日曜日の潜水中に突然メディアの
読み込みが不能になり、その後、なぜか復活したD300を持ってきました。
レンズを色々取っ替えひっかえ、設定を色々と変更してテスト代わりに撮しましたが、
どんなパターンでもスムーズに撮影が出来て、全然、問題ありませんでした。

お参り後は今回も匡平がやってた ケータイ国盗り合戦 の進行にと、今回はそのまま
紀伊半島を南下し一周して、名阪国道を通って帰るコースを進みました。
しかしこの計画は、いつもの事ですが、やはりアクシデントが。

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途中、昨年の11月13日に三重県御浜町の海岸近くに座礁したフェリー「ありあけ」の
解体作業を見てきましたが、作業員さんは船にはおらず、対岸の砂浜で皆さんで
清掃作業をされておりました。

解体途中の船体の甲板上には仮設トイレらしき物が見えましたが、 以前に報告した
時と比べると、ずいぶんと船体のあちこちが錆びてました。

その後は、更に国道42号線を南下し、串本、白浜を経由して田辺から高速自動車道に
乗って、西名阪~名阪国道~東名阪~伊勢湾岸道のつもりでしたが、大阪の地理感は
全く無しの自分はナビの言う通りに進んでみると・・・・

あれっ? 気がつくと神戸方面に向かっております。
「違うがね~、このナビはあほか~」と叫びつつも、ナビに逆らって大阪の高速道路を
走り抜けるスキルが自分には有るはずもなく、結局、名神高速~新名神~東名阪~
伊勢湾岸道のルートになりました。

何でこんな大廻りルートを選ぶのかと、疑問に思いながら途中のサービスエリアで
休憩した時に案内板見て、その理由が判りました。
西名阪自動車道の、香芝IC~天理ICが通行止め。

その瞬間、それまで、あほ、ボケ、カスと罵っていたナビ様に謝罪した事は、
言うまでもありません。
最近のナビは、本当に賢いですね。

2010年03月07日

●トラブル続きです。

今日も引き続き須江で午前中 2本潜って、早めに帰り道についてます。

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お昼は以前にも紹介した串本町にある  で遅めのお昼をとりましたが
お店の 1階の水槽で魚観察。

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このクエは36Kgもあるそうで、水中で出会ったら大きいだけにちょっと
ドッキリかも知れませんね。

しかしこの 2日間はトラブル続きだした。
まず初日、現地についてカメラをセットするとターゲットライトとして
使ってるLEDライトが、2本とも電池切れ。
先々日に自宅でフル充電済みなのに、おそらくメインライトのスイッチの
切り忘れかと。
それで充電しようとすると、なんと充電器を自宅に忘れてきてました。

何とか専用バッテリーの充電器をガイドのアキちゃんから借りて充電を
始め、1つのライトは単三電池で対応して 1本目を潜り終えて充電の
確認をすると出来てません。
その後も何度かトライしても、どうも専用バッテリーの異常みたいで、
今回はナイトも潜りますが、代用の単三電池をやりくりして潜りました。

しかしトラブルは続くもので、その後は。
昨日 3本目、先月、全損にて保険にて新品になったコンデジが水没。

本日 1本目、デジイチが突如、水中でメディアの故障ですと表示して
撮影不能になり、ダイビング後にメディアを変えても、症状は変わらず
ひょとしたらカメラ本体の故障かも知れません。

そして最後の本日 2本目、一緒にゲスト参加されてたノザタケさんから
ホワイトVオクトパスを教えて貰いましたが、借りてたコンデジが何と
動きません。

今はまだ途中の帰り道、何とか無事に自宅にたどり着くのを祈る次第です。

2010年02月20日

●伊豆で10年振りに、いちご狩りに

今日は名古屋を4時30分に出発して、約1年ぶりに獅子浜で午前中に
2本潜って、これまた約10年振りにイチゴ狩りに行ってきました。

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時間制限はなく、練乳のお替わりもフリーでしたが食べられる限度は
ありました。
イチゴなら、いくらでも食べられるとは思ったんですが・・・・

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このいちご狩り屋さんでは、トチオトメ、アキヒメ、紅ほっぺの3種類の
いちごが食べられて、よ~く考えて見れば産まれて初めていちごの品種の
食べ比べが出来ました。

味の好みは人それぞれですが、自分にはアキヒメが一番だった様に
思います。

2010年02月14日

●洞川温泉

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今日は ケータイ国盗り合戦 のの進行に、奈良県の山奥の洞川温泉と言う
温泉にやって来ました。

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もう少し山奥に行くと、世界遺産の霊峰大峯山があるそうですが、昼前に
思い付きで出掛けてきたので時間もなく、今回は今から温泉入って帰ります。

2010年02月13日

●久々の大瀬崎

本日は約二ヶ月ぶりに大瀬崎で潜ってきました。

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京で催されているダイビング・フェスティバルの影響なのか、単なる冬場の
せいなのか、平日並みにガラガラの大瀬崎でしたが、海の中は生物まで
ガラガラでした。

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伊豆に来ること自体、久々ですので、帰りは沼津の丸天さんで晩ご飯。
今週末も、またもやトロ食べちゃいました~
旨かった~♪

2010年02月09日

●今月も、8日は

早いもので、昨日で匡平が天国に行ってから半年が経ちました。

お通夜もお葬式も行って、その後の色んな仏事も滞りなく行ってると言うのに、
なぜか日毎に、匡平が天国に行ってしまった実感が薄れてきてます。

確かに匡平の部屋に、毎日、彼は帰ってきませんし、彼の仕事用に使っていた
鞄も部屋に置いたまま、通勤用の自転車も玄関前に置いたまま。

匡平を見かけていないだけ、声を聞いていないだけ。
そんな風に思えてしまうぐらいなんですが、悲しみの大きさはあの日のままで、
決して薄れていないので、心のどこかで現実を拒否しようとしている気持ちが
あるんだと思います。

そしてやはり昨日も匡平が天国に行った場所に出かけて、お花と線香、そして
あの日、匡平が最後に食べたのを手向けてきました。

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毎月8日に同じ景色の写真を写してますが、やはり昨日は冬の風景です。
自分は植物に無知なので判りませんが、それでも小さな花が咲いていて
春への準備なんでしょうかね。

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行く途中、匡平がやってた ケータイ国盗り合戦 の進行にと四日市市の近郊の
湯の山温泉に寄り道をしましたが、

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こんな風な雪景色で。

ちょっと同じ三重県なのでと心配しましたが、やはり三重県は南北に長くて
北部の雪景色のかけらも南部には有りませんでした。

2010年02月06日

●今夜は、ちょっと贅沢

2月に入って初めての休日は、3週間振りに須江で潜ってきました。

この時期の須江と言えば、今回もナイトダイビングがメイン。
昼間、のんびりと2本内浦ビーチを潜って、日が暮れるのを待ってから
白野ビーチでナイトダイビングを楽しみましたが、3週間前は17時過ぎには
日が落ちていたのに、今日の日の入り時刻は17時34分。
少しずつですが、夏に向けて昼間の時間が長くなってきてますね~。

約70分間に渡りナイトダイビングを楽しんだ後は、 かじきあん が仲良しの
明石の ダイビングショップ・モラモラ さんに、教えていたただいたお店で、
夜ご飯を食べてきました。

自分が選んだのは、ちょっと贅沢に大トロ丼。

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旨かった~♪

2010年01月31日

●東京遠征!

東京遠征!

と言ってもダイビングでは無く、ゲームの為に。

今週末は月末なので土日は出勤の予定でしたが、計画を遙かに上余る仕事の
進み具合にて、土曜日だけは急遽、休日になりました。
しかし休日の決定が当日の朝ゆえダイビングに行ける訳はなく、じゃあ本日は
何しようかな~って、考えた結果。

「そうだ、東京へ行こう!」

ちょっと昔の「そうだ、京都へ行こう!」とのJR東海さんのCFではありませんが、
名古屋から東京へ行くなら新幹線。
バババッと、鞄にPCなど詰め込んで自宅を8時30分に出ました。

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東京行きの目的は、匡平がやってた ケータイ国盗り合戦 の領土拡張と、
今ね自分がはまってる mixiアプリでの " まちつく! " のスタンプ集め。

最近の新幹線は無線LANが使えるし、ダイビングに関わらず旅にはPCを
必ず持ち運ぶ自分としては、土曜日で混みコミの名古屋駅の新幹線の切符
売り場と言えど、「ACコンセントが使える席で」と、仕事の時と一緒で
いつもの様にAC座席指定。

でも結局、東京までの1時間45分間は自分のケータイと、匡平のケータイを
常にアクセスをオンオフしている状態で、PCを立ち上げる暇は無し。
PCには不要でしたが、ケータイの充電にACコンセントは大活躍でした。

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約8時間弱の東京滞在中は目的進行の為にと、山手線を2周半回ったり、
東は幕張から西は中野まで電車に乗りっ放しと、結局、JRの改札口から
外へ出る事はありませんでした。

何十年ぶりに仕事以外で東京へ行ったと言うのに、常に2つのケータイを
見っぱなしで、写真撮るどころか風景も見ず。
でも結果としては、 ケータイ国盗り合戦 は東京圏制圧。

しかし往復 21,000円もの高い新幹線代払って、ケータイ触るだけと。
いったい、何やってるんでしょうね~(笑)

2010年01月28日

●睡眠不足の病原体

自分で予約しておきながら何ですが、睡眠不足の病原体が届きました。

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そろそろドラクエ9を遊ばなくなってきた頃に、ベストなタイミングで
発売されました。

明日から、またまた寝不足での仕事が続きそうです。
寝不足での仕事と言っても、もちろん会社には何も責任が有りませんけど。

2010年01月25日

●仙台と言えば、牛タン

名古屋から女川町に行くには、東北自動車道で途中に仙台市を通ります。

自分の中で仙台と言えば、牛タン。
今回の女川遠征における楽しみのひとつでした。

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と言う事で、行き道か帰り道に必ず食べようと思っていましたが、今回も自分
ひとりでの単独遠征ではなく、いつもの かじきあん のツアー参加。
かじきあん が選択したお店は 牛たん炭焼 利久 仙台駅店 と言うお店でした。

仙台駅の近くの一般駐車場に車を止めて、仙台駅の中へと歩いて行きましたが、
駅に停車しているタクシーの綺麗に並んだ姿にびっくり!!
名古屋駅では見かけない風景です。

仙台駅内の2階に上がると、お寿司屋さんと牛タン屋さんが固まって並んで出店
されており、その一角に目的の 牛たん炭焼 利久 仙台駅店 がありましたが、
20時頃に行きましたが複数店舗ある中で随一、お客さんがお店の外に数人ほど
並んでいて、店の人気振りが判ります。

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自分が食べたのは写真の「牛タン(極)定食」。
厚切りの牛タンに、麦飯、とろろ、テールスープのセットですが、勿論、美味しい
上に、牛タンの肉厚はずっしり。
楽しみにしていた気分を裏切らない、そんな嬉しい美味しさでした。

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以前から潜ってみたかった女川ですが、過去に何度も計画しては計画倒れに
なっており、今回はやっと念願叶ったと言う気分でした。

実は去年の夏、匡平が天国に行かなければ、彼は一週間後のお盆休暇には
友人達と仙台へ旅行に行く予定でした。
自分は彼が天国に行った当日の朝に、彼からその話しを聞いて、仙台だったら
青葉城に牛タンだねって話してました。

今回、念願の女川遠征が叶ったのも、そんな彼の気持ちかも知れないと思え、
行き帰りの道中では彼のケータイで ケータイ国盗り合戦 のゲームで領土を
いっぱい捕ってあげ、彼のケータイのカメラで青葉城の写真を撮ってあげました。

お土産には牛タンを買ってきて仏壇に供えてあげましたが、実際に食べるのは
肉類が駄目な女房を除き、長男と自分な訳でして、「俺も食いてぇ~て」って
匡平は叫んでいるかも知れません。

2010年01月24日

●女川からの帰り道

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午前から昼にかけて2本潜って、昨日に引き続き女川温泉に寄り、お昼ご飯を
食べて、15時に女川を出発。

何とか夕方に、青葉城の伊達正宗像の見学は出来ました。

名古屋に着くのは、早くても3時頃かと。
明日の仕事が心配です。

2010年01月22日

●朝から餃子

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今週末は前から見たかったクチバシカジカ目当てに 宮城県の女川で
潜ってきます。

交通費を浮かす為に、名古屋を午前3時に出発!
朝ご飯は、宇都宮餃子です。

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更に、はしごしちゃいました。

2010年01月11日

●本当なら、誕生日

去年の夏、あんな事がなければ本日は匡平の26回目の誕生日でした。

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撮影者 : 匡平 2009年1月11日 25歳の誕生日に撮影

本日の写真は匡平がちょうど一年前の、25歳の誕生日に雪が積もる福井県で
撮した写真です。

ここ2年間は、スノーボードのシーズンになるとほぼ毎週の様に自分の車で
滑りに出かけてました。
昭和59年1月11日の、名古屋でも雪がつもる寒い日に匡平は生まれました。
川や海での遊びも好きでしたが、やはりボードが一番好きそうでした。

生きていれば、きっとこの冬も滑りまくっていたと思います。

2010年01月09日

●毎月8日は・・・

毎月8日は、匡平の月命日。
昨日もまた、匡平が天国へ行っちゃった所へお花や線香と、あの日匡平が
最後に食べたものを手向けて来ました。

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これで三ヶ月連続して同じ場所の画像を撮してますが、真冬の1月と言うのに
あまり山の色がかわっておりません。
自分が生まれ育った三重県紀北町ですが、雪がちらつく事さえ希なところで
冬でも暖かくて良いところです。

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いつもなら、来た道をそのまま戻って名古屋の自宅にに帰ってくるのですが、
今回は三重県から北方向の奈良県を通って遠回りし、匡平が生前にやっていた
ケータイゲームの ケータイ国盗り合戦 と言う携帯電話のGPS機能を使って、
携帯電話が移動した現在地を、戦国時代の地名にて領土にしていくゲームを
続けてあげてるので、その領土を増やしてきました。

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三重県の熊野市から、奈良県の天理市を通って名古屋に戻ってくるコースを
選択しましたが、熊野から奈良へは標高の高い山道がほとんどで、途中には
七色ダム、池原ダム、大追ダムなどダムがいっぱい有りました。

結局いつもなら往復の走行距離が340Kmのところを、今回は560Kmも走って
きましたが、おかげで9ヶ国の領土を増やしてあげられました。

しかし560Kmと言うとほぼ高知県の柏島までの片道の距離、疲れる訳ですね。

2009年12月31日

●2009年の大晦日は。

今年の大晦日も、やっぱり仕事です。
各販売拠点にはスタッフが沢さん出勤しておりますが、自分が主に勤務してる
オフィスへの出勤は自分だけなので、ひとり寂しく昼休みにアップさせていただき
ました。

広いオフィスで一人っきりの出勤は寂しい物ですが、今年は去年に引き続いて、
何とか大晦日中には自宅に帰り着けそうなので、ちょっぴっとだけ嬉しい気分です。
勿論、三が日も仕事では有りますが。

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12月にダイビングに復帰次第、紀伊大島須江、大瀬崎、柏島と自分が大好きな
ポイントで潜る事が出来ましたが、一番大好きな本日の写真の海で潜れるのは
何時になるのでしょうね~。

さて大晦日って事で、ちょっとダイビングログを整理して過去に潜ったポイントを
纏めてみました。

100本以上潜った所はパラオが 209本、紀伊大島須江が 207本、柏島が 138本、
大瀬崎が 123本、串本が 103本の五ヶ所でしたが、合わせると合計 669本。
現在総本数 1,301本なので、実にこの五ヶ所で半分以上は潜って来たことに
なります。

更に細かなポイントで言うと、100本以上潜ってるのは紀伊大島須江の内浦だけと
なり 128本。
秋~春までの一年の内、半年しか潜れないポイントなのに全本数の約10%も
潜っているとは、いかに内浦好きか判ると思います。
でも今シーズンは、まだ 4本しか潜ってないんですよね。

因みに次に多いのは大瀬崎の湾内で 92本でした。

来年の秋頃までは、仕事以外で飛行機に乗って遊びに出かける事は自粛しようと
考えてますので、来年末の総括では、きっと紀伊大島須江が一番になっていると
思われます。
その頃までに、念願のリブリーザー講習が終わってれば良いのですが。

では皆さん、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

2009年12月30日

●天下茶屋

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なんだかんだと帰り道にいつも寄ってしまう展望台、初めてトイレに寄ってみたら、
お猿の看板でした。

帰り道には、これまたいつも四万十川の天然ウナギを食べる事が多いんですが、
今回は何かいつもと変わった物と"天下茶屋"なるお店に寄ってみました。

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看板には焼き肉と書いてありますが、メニューは牛肉か豚肉の野菜炒めのみ、
ご飯が大、中、小と食べ物のメニューは以上のみ。
たったこれだけのメニューだけなのに、結構、お客さんは入ってました。
さてお味は・・・・・

まぁ普通、おいしかったですけどね。


2009年12月25日

●ちょっと早めの、おせち料理

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現代の世情では喪が明けているとは言え、ひと昔前までは一年間は喪に服すのが
当たり前の様でした。

そんな事もあって、今年の忘年会やクリパは全て辞退させていただきましたが、
それでも我が社の幹部社員での忘年会だけは社員の手前、出席しなければならず、
この飲んべえがウーロン茶飲んで参加しました。

写真はその時の利用利のひとつですが、我が社が出資しているお店のコース料理の
一品です。

開店してまもなくて今はまだHPが出来ておりませんが、でき次第、宣伝させて
いただきますので、是非、ご来店してあげて下さい。

但しこの時代と言うのに、おひとり様で諭吉さん一枚ぐらいの予算のご用意を
お願いいたします。

2009年12月17日

●パンソンワークス + ワンピース 

以前に当ブログで匡平が好きだった ロビン君と100人の友達 を紹介しましたが、
このキャラクターをデザインされているのは パンソンワークスさんと言います。

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最近では、11月頃に某コンビニで販促品として採用されていた、ガンダムの
キャラクターのデフォルトフィギィアのデザインを担当されていました。
単におにぎりを買いに行った自分はそれを見つけて、全作品を欲しいが為に、
500mLの飲料水を、10本大人買いしてしまいました。

そんなパンソンワークスさんが、何と更に更に匡平が好きだったワンピースの
キャラクターを今回デザインされたんです。

       20091217aab.jpg

勿論、今回も箱買いの大人買い。
しかも写真には写っておりませんが、完璧に全キャラクターを集める為に
2箱のスーパー大人買い。

しかし、巷の噂では同じパンソンワークスデザインのワンピースフィギィアで
もっと大きなのが存在するとか・・・

こりゃ明日から、そのたぐいの物なら販売している可能性の高いヴィレバンに
捜索開始です。

でもここまで来ると、匡平の為とか言いながら自分の好みの様な。
確かに、こういった嗜好の趣味は、匡平と自分は同じでしたからね~。

2009年12月15日

●国宝 松本城

本日は、久々に史跡報告を。
このところ史跡報告は愛知県内の史跡ばかりでしたが、久々に愛知県外にある
史跡見学の報告です。
見学したのは1ヶ月以上前の10月下旬でしたが、既に紅葉が始まりかけており
ました。

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当ブログでは幾たびか説明しておりますが、現存天守の内の国宝は、 福井の
丸岡城
犬山城 、姫路城と松本城の4城です。
その中で松本城は、5重6階の大天守を中心として、北面に乾小天守を渡櫓で
連結し、東面に辰巳附櫓と月見櫓を複合した複合連結式天守です。

永正年間 ( 1504年~1520年 ) に信濃守護家の小笠原氏が林城を築城されて、
その支城のひとつとして深志城を築城されたのが始まりといわれております。
その後小笠原長時氏が守護職時代に武田信玄公によって没落され、信玄公は
林城を破棄し深志城を信濃の拠点としますが、武田家衰退後の1582年 ( 天正
10年 ) に徳川家康公の配下となった小笠原貞慶氏が信濃守護家に復領して、
松本城と改名されました。

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天守の建造時期には所説がありますが、現在ではおそらく1591年~1615年の
間に大天守が建造されたと考えられております。

また1950年~1955年の解体修理時に改築された痕跡が幾つか発見された事や、
近年に発見された資料などから、創建当時は望楼型をしており、最上階には
外廻縁高欄があった様ですが、1633年( 寛永10年 ) の改築時に付櫓と月見櫓が
増築され、層塔型天守の現在の姿に造りかえられたと推測されております。

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明治維新後の1872年 ( 明治5年 ) には競売にかけられて、当時は解体の危機も
ありましたが、1897年 ( 明治30年 ) 頃より軟弱な地盤の上、更に自重にもより
天守が大きく傾き始め、1901年に天主保存会が設立され1903年( 明治36年 )より
1913年(大正2年)にかけて「明治の大修理」がおこなわれました。

更に1950年(昭和25年)~1955年(昭和30年)にかけて「昭和の大修理」と呼ばれる
解体復元工事が行われ、それまで黒色の外壁に貼られた下見板は墨を原料に
塗られていましたが、解体修理時に漆塗りの痕跡が見つかった事から、黒色の
漆塗りに改められました。

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自分が住んでいる名古屋市内からは、高速道路を使えば約3時間30分ほどで
行けます。
自宅を出発した時は、半そでTシャツに薄手のものを羽織る程度で運転中の
車の中では半そでTシャツだけで十分でしたが、松本市内に着くと歩いてる
皆さん、厚手のフリースやコートを着てらっしゃいます。

市営松本城大手門駐車場に車を止めて、車から降りて判りました。
確かに紅葉が始まる季節の寒さでした。

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黒門を抜け、写真左の二の門(高麗門)を経て本丸御殿跡に進みます。
さすが松本城、平日と言うのにどの写真にも観光客の姿が写り込んでしまい
ます。

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天守内部へは、大天守と乾小天守の間の渡櫓から入る事ができ、コース通りに
進めば、乾小天守(写真の右の櫓)、大天守、月見櫓(写真の左の櫓)が順番に
見られます。

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乾小天守の最上階の室内です。
上り下りする階段はひとつしか無く、仕切りなしに訪れる観光客が多くて、
降りるのに順番待ちが出来てました。

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大天守内には広さを生かして多くの展示物がありますが、他の地域の城でも
よく見かける具足、火縄銃、過去に飾られていた天守の鯱や柱などに加えて、
飾り火縄銃、大筒はあまり見かけない展示物で、自分的には珍しかったです。

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やはり現存天守、ほとんどの階段が急勾配なので手すりが完備されてます。

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大天守の最上階の屋根裏には、守護神の「二十六夜社」が奉られておりました。
写真右は最上階ではなく、途中の階層の窓から見た朱色の埋橋あたりです。

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月見櫓の中からは、紅葉の景色が見れました。

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本丸御殿跡への出入りは南側の黒門と、もうひとつ西側にある本丸虎口からも
出入りできますが、今回、自分は黒門から入って本丸小口から出ました。

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朱色の埋橋越しに見た大天守と乾小天守です。
黒い城壁に朱色が映えて、沢さんの方達が記念撮影をされてました。
やはり木造のお城は、良いですね~

●ワックスがけ

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本日は所用にて、朝からN銀行 → U銀行 → 昨日近所に開店したM銀行 →
郵便局 → 昨日近所に開店したM銀行 とかけずり回り、午後からは約9年間
使っていた居間のカーペットを交換しました。

交換するついでに、フローリングの床を数年ぶりにワックスがけ。
塗ったワックスの説明書を読むと耐久年数は約2年との事で、なるほど確かに
2年以上はワックスをかけていなかったので、フローリングの表面はカサカサ
してました。
これからは、きちんと2年おきに塗ることにいたします。

と言う事で新しいカーペットを引き終えて、本日は夕方から出社です。

2009年12月13日

●貰えて良かった~♪

ダイビング後に無理して、深夜に映画を見に行った成果です。

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匡平が大好きで( と言うか、自分も大好きですが ) 集めていた、ワンピースの
単行本の0巻が今回の映画の入場者の、先着150万名にプレゼントされるとの
ことで、無理して封切り日の深夜に行ってきました。

いつも自分が行くシネコンは2日前からWebサイトで予約出来るので、今回も
木曜日にダイビングから帰ってきて、確実に行けるレイトタイムの席を予約。
予約した時はガラガラでしたが、行ってみると超満員。

さすがワンピースですね。

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同じくWeb予約して、いち早く午前中に匡平の幼なじみの女の子と2人で見て
きた女房の話では、その時点で既に本日分は完売してたそうで、自分が行った
時には既に翌日の日曜日分も完売してました。

映画の内容は、ダイビング後の深夜でも眠らない面白さでした。
そしてワンピースに付きものの思わず泣けるシーンは・・・・・それは秘密。

ともかく我が家は、夫婦で2冊ゲット。
既に1冊の嫁ぎ先は決まっておりますが。

完売のお知らせを読むと月曜日に見る人までは貰えそうですが、事前に予約を
しておいて正解でした。
ワンピース好きの方は、お早めに~

2009年12月09日

●座礁フェリー

先月13日に熊野灘沖を航行中に船体が傾き、三重県御浜町の海岸近くに
座礁した、鹿児島県のマルエーフェリー社所有のフェリー「ありあけ」ですが、
最近ではNEWSで報道される事は少なくなりましたが、まだ事故現場に
座礁したままなので見に行ってきました。

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見てきた感想は、「予想してたよりも、でっかい!!」

事故現場対岸の七里浜海岸の横には国道42号線があり、須江や串本に行く
時は常に通る国道にて、先日、須江に潜りに行く時も通りましたが、行きは
早朝、帰りは夜の為、見れませんでした。

事故発生以来、約1ヶ月たった今もまだ船体から重油を抜き取る作業は続いて
いるらしく、当日は今後、船体を撤去した後の漁場回復に向けての基礎資料を
得る為、三重県が手配された調査会社のダイバーによる潜水調査作業も実施
されておりました。

船体の撤去が完了するのはかなり先になるらしく、この風景はしばらく見る事が
出来そうですが、同海域の漁業関係者の被害はかなり深刻そうです。

●四度目の月命日

昨日は、匡平の月命日でした。

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1ヶ月前と同じ場所の写真ですが、紅葉は終わってしまった様でした。

百か日まではお坊さんが月命日に来られる事はありませんので、昨日は初めて
月命日にいらっしゃった日でした。

これから数年間は毎月8日の朝9時30分頃にいらっしゃるのですが、お仕事柄、
ご葬儀が入ったりしたら前日に変更とか、当日でも時間が変わったりしますとは
聞いておりましたが、なんと初回の昨日はご葬儀が入ったらしく、いらっしゃる
時間が、朝8時に変更になりました。

お仕事柄、旅行の予定なども立てられないらしく、大変なお仕事ですね。

そしてお坊さんが帰られてから所用を済まし、匡平が天国に行ってしまった所へ
今月もお花と線香を手向けに行ってきました。

現地に着いてドライスーツを着ていると、発音からしておそらく地元の人らしき
方に 「川に入るんか、今ん時期、魚は何もおらんぞ」 と言われちゃいました。

自分が座りながらドライスーツを着ているベンチの上には、線香、蝋燭、花束が
置いてあるのですが・・・・・

その方にはモリかタモなどの、魚穫りの道具に見えたんでしょうかね~?

2009年12月01日

●国宝 金蓮寺の弥陀堂

結局、本日の写真を撮る為に約2週間の間に3度も通いました。
1度目は曇り空で、2度目は工事中と、1度目は産まれて初めての吉良町への
訪問だったと言うのに、今ではここへはすっかりナビ無しで行く事が出来る様に
なりました。

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愛知県にある国宝の建物は3ヶ所で、先日報告済みの、 犬山城 とその近くの
名鉄犬山ホテル内の有楽苑に建つ茶室の如庵(じょあん)、そしてもうひとつが
吉良町の金蓮寺(こんれんじ)の弥陀堂 です。

創建されたのは、1186年(文治2年)。
源頼朝公が三河国守護職の安達籐九郎盛長に命じ、鳳来寺弥陀堂や財賀寺など
三河に造らせた7ヶ所の阿弥陀堂の一つにて、現存するただひとつの阿弥陀堂で、
愛知県内で最古の建造物です。

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創建時は真言宗寺院光福寺の子院のひとつでしたか、1340年(暦応3年)に足利
尊氏公が現在の場所に移築し、青蓮山金蓮寺と号したと言われており、江戸時代
寛政年間(1789年~1801年)初期に曹洞宗に改められたそうです。

創建以来、1678年(延宝6年),1805年(文化2年),1905年(明治38年)等、何度か
大きな修理を行って原形を保存してきましたが、 1945年(昭和20年)の三河地震に
よって倒壊の危機に陥り、その時の解体修理にて瓦葺に変更されていたものを
創建時の桧皮葺に戻すなど、創建当寺の現在の姿に復元されました。

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鎌倉初期の建造物にて当時の建築様式をよく保存しておりますが、外から見える
木材類は、ほとんど昭和の修理の時の物だそうですので、古いは古いんですが
創建時そのものではないとすると、ちょっと考える所がありますね。
でも、京都や奈良の国宝建造物も考えれば、ほとんど後の世代に修理されている
物と思いますので、風雪にさらされる建造物は仕方が無いのかも知れません。

最初に行った時はカーナビにインプットして目指しましたが、吉良町内に入っても
行く途中で一般的に国宝建築物なら良くある道路標識みたいな案内板をひとつも
見かけません。
最後の最後にナビが「目的地周辺です」とアナウンスして、「ここら辺かぁ~」って
思ったら、やっと50m程手前に看板がありました。

金蓮寺の無料駐車場に車を止めて、石で出来た正門から入ろうとすると、すぐに
正面に弥陀堂 が建っているのが見えました。

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写真左は正門から見た姿、写真右は駐車場内に併設されてるトイレの外壁に
貼られた近隣名所の案内板です。

普通、国宝の建物であれば見学料とか、係の人が監視してたりとかしますが、
何にも有りませんし、誰もいません。
誰でもいつでも勝手に入って、勿論、外観だけですけど見学できますし、境内に
建ってる古くから建ってそうな写経大般若経堂の横には、犬小屋があって犬が
鎖で繋がってます。

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左端に犬小屋が設置されてる写経大般若経堂、真ん中には白い猫の絵が・・・。

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「本当に国宝?」って感じの雰囲気で、流石に弥陀堂 の縁側(?)には立ち入りを
禁ずると書かれており、説明板が建ってたりしますので、国宝とは判りますが、
おそらく今まで自分が見てきた国宝の中で、一番、セキュリティーがおおらかな
ものでした。
おかけで、じっくりたっぷりと縁の下までライトを当てて観察出来ました。

寺宝は愛知県重要文化財の運慶作と伝えられている阿弥陀仏ですが、運慶が
作ったと言う確認は取れていないそうです。
なので国ではなくて、愛知県の重要文化財なんでしょうかね?

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境内には他にも、本堂、三河観音堂、鐘楼、庫裡、お不動さんの名水、庭園や
三十三観音石仏像などがありました。

最寄りの公共機関は名鉄西尾線の三河荻原駅です。
名古屋駅からだと名鉄本線に乗って、新安城駅で乗り換えて、三河荻原駅から
歩いて15分程かかりそうですので、駐車場も完備されてますから車で行く方が
速くて便利かと思われます。

結局、自分は3度見学に行って、お会いしたのはご住職さんと、お参りに来てた
おばあちゃんと中年の女性の方、土木工事の方達、岡崎から見に来たと言って
られた若い女性の方の以上、結局、自分以外の国宝見学者はたったのひとりと
あまり観光客がやって来る様な国宝ではありません。

見学料は無料なので、見学にかかる費用は交通費とお賽銭だけ。
時間が許す限りひとりで独占して、のんびりと見学が出来る国宝でした。

2009年11月29日

●半田市の 赤煉瓦工場

先日の赤煉瓦つながりで、本日は赤煉瓦の建物では愛知県内で一番有名な
赤煉瓦工場の報告です。

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この赤煉瓦工場は、名古屋市から南へ車で約40分ほどの距離の半田市に、
1898年(明治31年)10月に丸三麦酒株式会社の醸造工場として建築された
建物にて、明治33年のパリ万国博覧会で金賞に輝いた「カブトビール」を醸造
しておりましたので、現在では「旧カブトビール工場」と言われております。

設計者は、横浜の赤煉瓦倉庫を設計された明治時代の建築界の巨匠のひとり、
妻木頼黄氏です。
現存する赤煉瓦建築物としては、東京駅、横浜赤煉瓦倉庫、北海道庁に次いで
全国4位の大きさであり、煉瓦建造物にしては珍しく5階建ての高層建築物にて、
建築時の棟札でも「煉化石造5階家」(総建坪、約582坪) と、なっております。

先日報告ずみの 大浜漁協の赤煉瓦倉庫 と同じイギリス積みの赤煉瓦造りでも
大きさは10倍ぐらいと大きな建物です。

その後、丸三麦酒株式会社は日本第一麦酒株式会社に吸収合併され、1908年
(明治41年)に加冨登(かぶと)麦酒株式会社に社名を変更し、大正期にも増築が
繰り返されてきましたが、1943年(昭和18年)に大平洋戦争の激化にて、ビールの
生産は停止されました。

戦争末期頃には、中島飛行機半田製作所の衣糧倉庫として使われていた事で、
アメリカ軍によって攻撃目標とされてしまい、小型戦闘機P51によって機銃掃射を
浴びた無数の弾痕跡が、現在でも北側壁面にはっきりと残っております。

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写真の左部分に写っている黒い穴が弾痕跡です。

戦後の1949年(昭和24年)からは、日本食品化工株式会社のコーンスターチ加工
工場となってましたが、1996年(平成8年)に老朽化が進み工場は閉鎖し、煉瓦造
4階建の「浸漬」、「醸造」部門、汽罐室や煙突などが解体されましたが、取り壊し
しなかった残りの建物を半田市が買い取り、平成16年に国の登録有形文化財に
指定されました。

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基本的には施錠された柵の中に建っており、建物の中へは入れませんが、年に
数回、半田市が中の見学会を設定しております。
建物には季節柄か、クリスマスのデコレーションアップがなされてました。

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クリスマスリースには、黄ない「ごんぎつね」も付いてます。
半田市は、小学生の教科書に使われてる「ごんぎつね」の作家の新美南吉氏の
出生地にて、新美南吉記念館もあります。

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こちらは先日報告ずみの 大浜漁協の赤煉瓦倉庫 とは違って、国の登録有形
文化財に指定されております。
外観だけなら年中いつでも見学が可能ですから、 大浜漁協の赤煉瓦倉庫 とは
有料道路の衣浦海底トンネルを使えば車で20分ぐらい離れてるだけですので、
セットで見学されるのも面白いと思いますよ。

2009年11月27日

●碧南市大浜漁協の赤煉瓦倉庫

先日のNEWSで、昭和初期に建てられた赤煉瓦倉庫のひとつが、来年1月に
壊される事を知ったので、慌てて撮影してきました。

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名古屋市近郊の碧南市の大浜漁港に建ってる通称赤煉瓦倉庫にて、写真の
真ん中辺りの赤い建物です。
正式には、大浜漁業協同組合所有の旧冷凍冷蔵庫と言います。

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上の写真が北東から撮したのに対して、北西から撮したのが左の写真。
写真右は、対岸に建っている大浜漁業協同組合製氷部の建物です。

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碧南市は名古屋から南へ約40Km、名古屋駅からは私鉄名古屋鉄道で約1時間、
車では45分ほど走ったところにある、2009年10月31日現在人口が73,393人の、
昭和23年に愛知県で10番目の市になりました。

この赤煉瓦倉庫は碧南市の大浜漁港に面して建っており、1927年(昭和2年)に
旧大浜製氷会社の貯氷庫として建築され、大浜漁協が1994年に東海冷蔵から
購入して冷蔵庫に改修し、2001年12月まで使用しておりました。

愛知県内では珍しい、長方形の煉瓦の長手長い面)を表にして積む段と、小口
(最小面)を表にして積む段を交互にして強度を高めた積み方の"イギリス積み"の
倉庫にて、間口8,9m、奥行き16,2m、高さ11,3mの大きさで、南北の間口面に
開き戸があるレンガ壁を露出させた仕上げになっております。

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煉瓦の"イギリス積み"ですが、写真右のアップの写真で判りやすいかと思います。

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写真左は南側、写真右は北側の各間口ですが、北側の間口のフタの一部には
発砲スチロールが使われており、いかにも漁協さんの雰囲気が出てました。

愛知県三河地方に大きな被害を出した1945年1月の三河地震や、1959年9月の
伊勢湾台風にも耐え抜いたレトロ感たっぷりの建物でして、大浜漁協さんは
保存も兼ね有効活用が無いか何度も検討されてきたそうですが、耐震調査の
結果、数千万円にも昇る高額な補強整備費用がかかることから、取り壊しが
決定されたそうです。

因みに取り壊した後の跡地は、漁業にふれあう広場として一般に開放される
そうで、煉瓦の一部は広場に残される予定だそうです。

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折角、碧南までやってきたので、ついでにと碧南海浜水族館の見学に来たところ、
なんと休館日でした。

勿論、事前に何も調べずにやってきた自分が悪いのですが、平日の見学は空いて
いても、先日報告の 福井の丸岡城 の時や、 金蓮寺 の時みたいに、偶にこういう
アクシデントに遭遇する事が難点です。

2009年11月26日

●メタボな ニンテンドーDS

有り難い事に、任天堂さんから自分の様な老眼ゲーマー親父に最適なDSが
発売されました。

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左がDS-i LL、右が今まで使ってたDS-iです。
この画面の大きさに惹かれて、またまた任天堂商法にまんまと引っかかって、
今回も購入してしまいました。

思い出せば、ゲームボーイ → ゲームボーイ・ライト → ゲームボーイ・カラ-
→ ゲームボーイ・アドバンス → ゲームボーイ・アドバンスSP → DS → DSライト
→ DS-i → そして今回のDS-i LLと、見事に任天堂マジックに陥いって購入して
しまっております。

さすがに途中、ゲームボーイ・ポケットだけは購入してませんが・・・

それはともかく、このDS-i LLですが、画面が大きくて素晴らしいです。
ケータイで言えば、さしずめご老人向けのらくらくホンとでも言いますか、
贅沢言えば、もっと早く出して欲しかったものです。

2009年11月24日

●瀧山寺と、瀧山東照宮 その3

本日は瀧山寺シリーズの最終回、瀧山東照宮です。
全体に曇り空の写真が多くなってしまい、申し訳ありません。

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東照宮とは徳川家康公を神様として奉られた神社にて、江戸時代初期の頃に、
幕府によって建立された物や、全国各地の徳川一門、松平一門など大名家や、
譜代大名家、外様大名家も建立されており、最大時には全国で500社を超えて
おりましたが、明治6年の神仏分離における廃社などによって現存しているのは
約130社とされております。

その中で瀧山東照宮は、日光東照宮、久能山東照宮などと同様に幕府によって
建立された東照宮のひとつであり、1645年(正保2年)に徳川幕府3代目将軍の
徳川家光公が瀧山寺境内に創建されました。
尚、前述の明治6年の神仏分離により、現在では瀧山寺と瀧山東照宮は別法人と
なっております。

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 西方向から見た姿の写真、右端に写っているのが水屋、続いて真ん中が
 拝殿・幣殿で、中門があり、その左が本殿です。

位置的には瀧山寺境内の本堂東側のいち段小高くした整地面に、全体を石柵で
囲まれて建立されており、境内から石鳥居を通って入る事になります。
石鳥居の北側に東向き水屋が建ち、その東北に南向きに拝殿と幣殿が一つの
建物で建っていて、拝殿・幣殿の北側の更にいち段小高い整地面に中門が建ち、
その北奥に本殿が建っており、全て国の重要文化財に指定されております。

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「瀧山寺縁起」によれば、瀧山東照宮は家光公が「三河の国は徳川家の本国にて
岡崎城は家康公誕生の地、瀧山寺は家康公が岡崎在城の折り信仰も厚かった
霊地にて、この地に東照宮を」と建立されたそうですが、日光東照宮、東照宮に
比べると比較的規模は小さめです。

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とは言っても、流石に東照宮。カラフルな紋様は美しいです。

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賽銭箱は、やはり葵の御紋入り。

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もうひとつ瀧山寺本堂の北側に建つ日吉山王社本殿は、1608年(慶長13年)に
家康公によって建立されたと伝わっているそうですが、本殿床下の背面板壁の
内側に「正保2年6月」の墨書きが残っている事や、斗組、木鼻などの様式が、
瀧山東照宮のものとほぼ一致することから、1645年(正保2年)の瀧山東照宮の
建立時に家光公によって修復された物と考えられるそうです。

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痛みが激しく、上の写真の様に風雪から守る為なのか本殿全体が大きな小屋の
中に収まっております。

以上、3回に渡る瀧山寺&瀧山東照宮の見学報告でした。

2009年11月22日

●瀧山寺と、瀧山東照宮 その2

昨日に引き続き、瀧山寺と瀧山東照宮の見学報告です。

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三門から500mほど進んで行くと、道路の北側に境内の案内板が建ってました。
写真右の案内板の青いバッ点の所が現在地で、左の写真の左側に駐車場へ
昇る道路があります。

案内板に書かれていた駐車場に車を止めると、既に10台ほど駐車しています。
「さすがは瀧山寺&瀧山東照宮、平日でも参拝者がいっぱいいるのか」と思い
ましたが、約2時間弱見学して駐車場に戻る間に他の見学者には出会えません
でした。
と言うか、誰もいませんでした。

この車の持ち主は、ご近所さんの車なんでしょうかね?

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落ち葉や落ちてきた木の実がいっぱいの階段を、昇って行きます。

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石段を登ると、まず本堂の南面が見えました。
紅葉のピークには、ちょっと1週間ほど早いようでした。

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こちらは、北西方向から見た本堂。 ( 12-24mm広角ズームレンズ使用 )

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写真左は南東方向から、写真右は北東方向から見た本堂。ともに ( 10.5mm
フィッシュアイレンズ使用 )

現存する本堂は4度目の造営と推定され、様式的に禅宗様の影響を強く受けた
南北朝期の建築となっています。
1222年(貞応元年)に建立され、1254年(建長6年)に修復された建造物で、現在の
姿は明治43年頃に解体大修理されたもので、国指定重要文化財です。

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左は金堂内部、右は金堂の屋根の鬼瓦です。

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写真左は、徳川五代目将軍の徳川綱吉公が建てられた鐘堂。
境内には徳川家の葵の家紋が入った石燈籠や、各大名から寄進された石灯籠が
いっぱい並んでおります。

本堂の東側には瀧山東照宮の本殿、拝殿、幣殿などが、裏側には日吉山王社の
本殿が建っておりますが、こちらの報告は次回とさせていただきまして、本堂から
東へ階段を下っていくと、瀧山寺の宝物殿、本坊、観音堂などがあります。

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ここの宝物殿は普段は施錠されていて、入り口への階段横にあるブザーを押すと
本坊から管理者の方が来られて中へ入れてくれます。
見学料金は、500円です。
平日は管理者の方は1名しか居ないらしく、出かけられてる時も有るそうですから、
平日に行かれる時は事前に連絡された方が良いかと思います。

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いよいよ、運慶と湛慶の父子が作られた作品に出会えました。
左から帝釈天立像、真ん中は聖観音菩薩立像、右側が梵天立像の三尊像です。
もちろん撮影不可なので、写真はパンフレットから流用させていただきました。

「瀧山寺縁起」によれば、源頼朝公の追善の為にと寛伝上人が建立をされた
惣持禅院に納められたと書かれてるそうで、頼朝公の三回忌にあたる1201年
(正治3年)に完成。
聖観音菩薩立像は頼朝公の身長と同じ高さにて、像内に頼朝公の鬢(びん)の
毛と、歯を納入されたと言われていて、実際にX線撮影にて聖観音像の像内の
口のあたりに、人間の歯らしきものが固定されているのが確認されております。

この三尊像は後世に惣持禅院の消滅によって不明になっており、長らく確認が
されてなかった様ですが、修復時に聖母観音立像と梵天立像は白っぽい肌色に
塗り重ねられてしまったのが残念です。
三尊の中では、やはり一色に塗り重ねられていない帝釈天立像の金色の肌と、
極彩色の衣装が綺麗でした。

因みに聖母観音立像の蓮への右手の微妙な持ち具合ですが、販売されていた
絵はがきの写真ではしっかりと蓮の茎を持っておられ、持ち方が違っております。
これは修復時に間違って修正されてしまったのか。
次回、見に行った時にでも質問してこようと思います。

この他に展示されている物は、運慶作の鬼面、瀧山寺秘仏の十一面観音立像
(12世紀)、頼朝公愛用の馬具、慈恵大師座像(室町時代)、足利尊氏公が寄進
された菩薩面(12世紀)、木造狛犬一対(室町時代)、織田信長公が徳川家康公に
送られたお礼状、家康公の座像画(1705年)など、複製でなくて本物だらけ。
これら全てを、ひとりでじっくり見られて500円は格安ですよ。

いやぁ~、大満足の宝物殿でした。

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写真左は本坊への入り口、写真右は観音堂です。
見応えたっぷりの、瀧山寺の報告でした。

2009年11月21日

●瀧山寺と、瀧山東照宮 その1

先日、 運慶工房の作品 の時に少し書かさせて頂きました、愛知県内で運慶の
作品を奉られている岡崎市の瀧山寺と瀧山東照宮の見学報告です。

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鎌倉時代末期に描かれた「瀧山寺縁起」(但し、現存している物は17世紀に書き
写された物) によると、奈良時代 (8世紀後半) に役の行者 (えんのぎょうじゃ) の
小角 (おづぬ) が山中にて修行中に、渓流の滝壺から龍が守護していた金色に
輝く薬師如来を発見し、天武天皇の勅命にてこの地に御堂を建立して安置され
吉祥寺とし、太政官符により寺名を瀧山寺と改められたそうです。

その後、12世紀初期(保安年間)に比叡山の住僧であった仏泉上人永救(ぶっせん
しょうにんえいきゅう) が仏法興隆のため三河の国にくだって、荒廃してしまって
いた瀧山寺跡に霊場を建て再興され、仏泉上人をしたい弟子入りした源頼朝公の
従兄弟の寛伝(かんでん)上人が住職の時に、頼朝公によって大伽藍が建立される
など鎌倉幕府の庇護を受け、その後も南北朝時代に寛伝上人の従兄弟の子供の
足利尊氏公から、江戸時代には徳川家からの庇護を受け、1644年( 正保元年) に
徳川3代目将軍の家光公が境内に滝山東照宮を創建されました。

旧暦の正月7日に行われている鬼祭りは,鎌倉時代に起源を持ち,天下泰平、
五穀豊饒を祈って境内を火の海とする勇壮な祭りにて、愛知県の無形文化財に
指定されております。

事前に下調べをしてみると、三門だけは離れて建っているらしく、隆盛期には
僧坊が山々谷々に350ヶ所を超えていたと言う面影が感じられます。

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自宅を出発してナビ通りに進むと、まず大きな三門(仁王門)が見えました。

説明板を読むと、三間一戸楼門、屋根入母屋造りこけら葺、斗組は下層三手先、
上層尾垂木三手先の典型的な中世楼門で、縁起によると1267年 ( 文永4年) の
建立にて、愛知県三河地区で最古の三門にて国指定重要文化財です。

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中央の柱の間が通路になってますが、扉は無かった様でその両側に仁王像が
安置されておりました。
仁王像は阿形が総高294.3cm、吽形が総高287.0cmで、運慶の作と伝えらて
いるそうですが、「その形状や特徴からは異なる仏師と思われる」と、宝物殿の
説明書きに書かれておりました。

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建立にあたり飛騨権守(ひだごんのかみ)藤原光延氏が垂木を逆さに ( 写真の
青い矢印の垂木 )打ってしまったのを恥じて、ノミを口に銜えて仁王門の上より
飛び降りて自殺したそうで、後日、その場所に椿が生え、村人達が塚を建てた
と伝えられており、正面左手の塚がその墓だそうです。

また楼上正面の扁額は、1275年(文永12年)正三位藤原朝巨経朝公の書と、
言われております。

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四方に奉られている隅鬼(すみおに)の色彩は、カラフルです。

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三門の裏側を見ると、かなり痛んでおりました。

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南側から見た三門ですが、本当にポツンと三門だけが建っておりました。
瀧山寺の概要説明と、三門だけで既に長文になってしまいましたので、本堂や
肝心の運慶作品に関しましては、次回の報告とさせて頂きます。

( その2 へ、つづく )

2009年11月19日

●そう言えば、リブリーザがありました。

久々に、魚の写真です。

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ベニハナダイ  学名 Pseudanthias sp
 スズキ目 / ハタ科 / ナガハナダイ属
撮影 2007年6月: PALAU 水深 -**m 大きさ100mmぐらい
生息域 南日本など
観察報告は こちら を、ご覧下さい。

ふと気がつけば、もう 4ヶ月以上もダイビングをしておりません。
6月までは、やっと念願のテクニカルダイバーに成れて、この夏はテクニカル
ダイビングに燃えてる予定でしたが、この夏の匡平の出来事で水中で生物の
写真を撮る気持ちが無くなってしまい、もともとカメラを持たないダイビングが
つまらないと思ってる自分としては、ヘタするとダイビング復活は無いかな~
ぐらい思っておりました。

ところが先日、ダイビング器材やスタッドレスタイヤ、長年使ってないカヤック
などを置いてある倉庫に、久々に片づけに行ったところ、今年の初めに買った
ものの、テッキーになってからしか講習が受けられないので、まだ使っては
なかった リブリーザ を見てしまいました。

そう言えば、予定ではこの秋から講習を受けるはずでした。
決して安いダイビング器材じゃ無いですし、折角買ったのに使わないともったい
ないなぁ~と思い、ちょっと潜ってみたい気持ちが出てきました。

いきなりデジイチ持ってダイビング復活には抵抗が有りますし、そうかと言って
何も撮影しないのに潜る気にはなれませんでしたが、リブリーザの講習から
なら復活出来るかも知れません。

匡平の百か日が過ぎた事ですし、久しぶりに師匠に相談してみると、フムフム
なるほど。
とりあえず、リブリーザは静観する事にいたします。

2009年11月18日

●平日ならでは

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吉良町にある金蓮寺にやって来ました。

ここに建ってる阿弥陀堂が国宝なのですが、 最悪な事に本日は土木工事中でした。
平日の史跡巡りは空いてて良いのですが、今回の様に土日にやらないメンテナンス
工事に偶に遭遇いたします。

残念ですが、出直しです。

●写真の撮り直し

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本日の休日は晴天とあり、瀧山寺の写真の撮り直しにやってきました。
写真は山門と、運慶作と伝わる仁王さん達です。

時間もありますので、この後、吉良町にある国宝の阿弥陀堂を見て来ようと
思います。

2009年11月17日

●運慶工房の作品

今月の初め頃にNHKのハイビジョンchで、運慶作の仏像を特集された番組を
見ました。
運慶は自分に古い木造仏像に興味を沸かせた仏師です。

運慶は、鎌倉時代初期に奈良興福寺を拠点にして活動されていた奈良仏師の
康慶の子供にて、運慶の長男の湛慶が1173年(承安3年)産まれだと言う事が
判明している事から、運慶は12世紀半ば産まれと推測されております。

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国宝東大寺南大門、2008年6月撮影

運慶率いる運慶工房の代表作と言えば、1203年(建仁3年)に奈良市東大寺の
南大門に造立された金剛力士(仁王)像ですが、自分は小学校の修学旅行の
時に、初めてこの8mもの巨大な木造の阿形(あぎょう)像、吽形(うんぎょう)像を
見て、現存する木造の仏像や建物を好きに成りました。

因みに、金属製の仏像には何故か昔から興味が沸きません。

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左が門に向かって左に立ってる口を開いた阿形、右が右に立ってる口を結んだ
吽形ですが、一般的な仁王像とはここは左右が逆に立ってます。
勿論、どちらも国宝です。

今回の番組では、昭和から平成にかけて5年間に渡った解体修理にて裏付けが
確定した史実の、運慶が中心となって快慶、定覚、湛慶、その他の小仏師による
運慶工房がたった二ヶ月間で造立したものである事や、CGにて復元された制作
方法などが中心でしたが、他にも運慶作の全国の作品も紹介され、その中に何と
愛知県にある仏像が紹介されました。

そんな近くにあるとは「こりゃ見にかんとカンがね」と、先日の休日に見に行って
きました。
場所は、鬼祭りで有名な岡崎市にある瀧山寺です。
創建は600年頃と古く、重要文化財の現存する金堂と山門は13世紀前半頃に
建立したものらしく、いつかは見に行こうと思っていた建築物です。

もともと自分は、もっと年寄りになってダイビングが出来なくなったら、日本各地を
巡って歴史有る木造の寺社仏閣を撮影しようと思っており、ダイビング休憩中の
最近の休日はその前哨戦とばかりに走り回っております。

事前に調べてみると、宝物館にて運慶の作品が見られるらしく、名古屋を出る時は
天気もよかったのですが、1時間ちょっと車で走って到着した時には曇り空。
目的の作品は見られたものの、お決まりの撮影禁止。
金堂や山門は曇り空の暗い写真ですし、詳細はは次回晴れた日に撮り直す予定の
写真を使って、後日報告させていただきます。

2009年11月16日

●昨日は、匡平の百か日。

昨日は、匡平の百か日でした。
久々に我が家へお坊さんにお越し頂き、お経を唱えていただきました。

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匡平が、彼のPCの壁紙に昨年ぐらいまで使っていた写真です。
プレミアリーグ・リブァプールFCの、ホーム・スタジアムのアンフィールドです。

49日法要以降は、毎日、自分のヘタな読教を聞かされて、さぞかし匡平は
文句を言ってたと思いますが、昨日は素晴らしいお経が聞けて嬉しかったと
思います。

百か日は、悲しんで泣き明かしていた毎日に区切りを付ける日と言われて
おり、この日をもって喪に服していた期間を終えると言われております。
我が家のお坊さんは、いつも読教された後にその日に読まれた経文の意味を
説明して下さいますが、昨日の読教後にも、その旨の説明をしてください
ました。

確かにそうなのでしょうが、まだまだ少しも悲しみは薄れておりません。
100日ぐらいでは、匡平と一緒に暮らしてきた25年間とは比べようの無い
日月ですので、当たり前かと思います。
父親の自分でさえそうですから、言葉には出しませんが家族3人だけで居る
時の女房の姿を見ていると、母親の女房の悲しみは相当な物と思います。
長男も含めてですが、乗り越えるにはまだまだ時間がかかりそうです。

2009年11月14日

●LA ROUX / ラ・ルー

先日に日頃の燃費は 22.0~24.0Km/h程度と報告した我が社用車ですが、
昨日仕事で名古屋市郊外の町で給油して、しばらく渋滞に会わない走行を
続けておりましたら、平均燃費は 25.0~28.0Km/hぐらいを記録してました。
やはり信号の有る無しで、大きく左右するみたいです。

話し変わって、本日は久々に音楽のお話しです。
以前、今年5月に報告しました Lady GAGA は、今や本国アメリカの各ヒット
チャートでデビュー曲から4曲連続1位と言う 大ヒットメーカーになってますが、
もう一人今年デビューしたアーティストの中で、自分が好きなアルバムです。

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デビューアルバムは、ユニット名そのままで「LA ROUX / ラ・ルー」。

ヴォーカルとシンセ担当のエリー・ジャクソンと、プロデューサーのベン・ラング
メイドのエレクトロ・ポップ・ユニット。
80年代に流行ってた日本で言うテクノポップに近いものです。

よくパフュームをテクノポップと表現される方が多いですが、パフュームの音楽は
テクノだけでなく、ハウスや、エレクトロ、チップチューン等が混ざってますので
言い例えれば、ジャンル名としては無い言葉ですが「エフェクト・サウンド」とでも
言えるかと思います。
なのでパフュームよりも、80年代のY.M.Oの初期の頃のサウンドに近い音楽と
思っていただければ判りやすいかも知れません。

ラ・ルーとはフランス語で赤毛を意味するそうで、ロンドンのブリックストン出身の
若干20才のエリー・ジャクソンの髪が、赤褐色のショート・ボブなことから名付け
られたみたいです。

シングルカットされた曲のPVも結構凝ってますので、エレクトロが好きな方には、
聞くだけでなく見るのもお勧めですよ。

2009年11月12日

●国宝 犬山城

松本城、犬山城、彦根城、姫路城の国宝4城の中では、いち番古く建造された
現存天守にて、説に寄れば現存天守12城の中でもいち番古いとも言われて
おり、2003年3月時点では日本で随一、成瀬家による個人所有の国宝の天守
でした。

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木曽川沿いの高さ約88メートルほどの小高い山に築かれた平山城にて、歴史は
古く、1469年(文明元年)に織田広近氏がこの地に砦を築いたのが始まりといわ
れており、以前には美濃国金山城の天守を移築したとも言われておりましたが、
1961年(昭和36年)の解体修理時の調査で移築した痕跡が発見されなかった為、
現在では移築説は否定されております。

1537年(天文6年)に織田信長公の叔父にあたる織田信康氏が、現存する天守の
2階までを造築し、その後、天文、もしくは慶長時代に天守が完成し、江戸時代の
1617年(元和3年)に尾張藩付家老の成瀬正成氏が城主となり、天守に唐破風
出窓を増築されて、現在の姿になったと考えられております。

その後明治維新まで、成瀬家歴代の当主が城主となっておりましたが 明治の
廃藩置県にて廃城となり、天守を除き、櫓、城門などほとんどが取り壊されて
しまいます。
1891年(明治24年)の濃尾地震において天守が半壊してしまい、修理する事を
条件に1895年(明治28年)に成瀬家に無償譲渡され、当時の犬山町民の義援金
も合わせられて修復し、2004年(平成16年)から財団法人「犬山城白帝文庫」の
管理となりました。

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犬山城の北側を大きな木曽川が流れておりますので、自然の要害となってたと
思われますが、織田信長公が本能寺の変にて討たれた直後に、豊臣秀吉公と
徳川家康公によって争われた「小牧・長久手の戦い」の直前には、信長公の
家臣で乳兄弟でもあった池田恒興氏が木曽川を渡って城内に侵入され、落城
させているそうです。

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写真左は駐車場に建っていた犬山城下町の案内板、右は立派な国宝犬山城の
石碑です。

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写真左の黒門跡を抜けて石段を昇って行くと、写真右の本丸鉄門が見えてきて、
入場券を見せてこちらから本丸へ入る事になります。
因みに入場料は、犬山城、犬山市文化史料館とからくり展示館の3館のセット
料金のみにて、大人1名 500円でした。

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本丸鉄門を抜けると、天守の全貌がご覧になれます。

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写真左は南西方向から見た天守、石垣手前に写っている小屋のところで靴を
スリッパに履き替えて入場しますが、昔のままの階段は角度が急勾配なので
滑らない様に注意が必要です。
写真右は付櫓(つけやぐら)で、南東方向から見た姿です。
この付櫓は天守の入り口から侵入してくる敵軍に対して、横から攻撃が出来る
様になって建っております。

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写真右下の階段が入り口からの階段で、右真ん中辺りの階段が1階へ上って
行く階段です。
写真の真ん中辺りに走っている太い梁は立派でした。
天井は全体に低いので頭を梁などにぶつけない様にと、どこの現存天守でも
いたるところで注意が必用です。

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城内の展示物は、成瀬家に伝わる物が大半で、「小牧・長久手の戦い」の時に
秀吉公の本陣だったわりには、戦いに関する説明品は少しだけでした。

でも色んな城で見慣れた展示品が無くても、現存する姿を見られて触れられる
だけで凄いと思います。
写真右は、ちょっと高い床に畳が敷き詰められている書院造の間です。
城主の部屋だそうで、江戸時代の改造と考えられているそうです。

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写真の左奥に見える小部屋が、付櫓の内部です。
この写真だと、階段の急勾配が解りやすいかと思います。

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4階の廻縁(まわりえん)から見た本丸全景です。
高所恐怖症の自分は風が強いときは内部の回廊を見るだけで、廻縁に出る
事はありませんので、この時も廻縁には出ませんでした。
なのでこの写真は、匡平が2006年3月に撮影したものを拝借しました。
写真の真ん中辺りの門が本丸鉄門で、その右隣は土産物屋さんです。

やはり、木造の現存天守は歴史が感じ取られて良いですね~。

2009年11月11日

●驚異の燃費

先日の休日、匡平が天国に行っちゃったところへ行ってきた帰り道の事です。

社用車を私用で使ったので、その分多めにガソリンを給油してしばらく走って
信号待ちした時に、車のメーターを見てびっくり!!

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何と燃費が 37.5Km/hです。
写真のメーター表示を説明しますと、満タンにしてから 7.9Kmの距離を平均
時速 48Km/hで走って、燃費が 37.5Km/hを表しております。
給油してしばらくは高燃費を表示することは偶にありますが、5Km以上の
距離を走って、こんな高燃費表示は初めてです。

確かにうたい文句は「38.0Km/hの燃費」の我が社用車ですが、実際に仕事で
名古屋市内や近郊などを、偶に高速道路を使ったり街中を走行している時の
燃費は 22.0~24.0Km/h程度で、いつも 700~800Km位を走ってから満タンに
給油してますが、平均時速が 40Km/hを超える事はまずありません。

いくら高速道路で高速走行してても、街中でのノロノロ運転が多いからだとは
思いますが、信号があまり無くて 50Km/h近い平均速度が保てる様な環境だと、
本当に38.0Km/h近い燃費で走れるんですね。

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こちらの写真は約1ヶ月前に 報告 しました、20年ほど前まで我が家も住んで
いた県営住宅の取り壊し工事の現在の写真です。

前回の 報告 の時とは反対方向の、天白川の土手の上から撮した画像ですが、
昔と違って、金属類、プラスチック類、木材類、最後にコンクリート類と、資材を
分類されて取り壊し工事を進めてられましたが、約1ヶ月でここまで破壊されて
おります。

今の所は、ネズミやゴキブリの大量進軍は見られておりませんし、想像していた
沢さんのホコリが舞ったりはしてませんが、日中の取り壊し工事の騒音はかなりの
うるささです。

2009年11月09日

●三度目の月命日

昨日は、匡平の三度目の月命日でした。
先月の月命日は台風のせいで行けなかったので、天気の良かった今回は
匡平が天国に行っちゃった所へ行ってきました。

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紅葉には、まだちょっと早い様です。

あの日はとても暑い日で、匡平は汗をかきながらお湯を沸かしてましたが、
三ヶ月後の昨日は既に季節は秋になってます。

昨日はとても暖かい晴れた天気でしたので、日中は半袖Tシャツだけでも
十分な陽気でしたが、その場所は南紀と言えど山の中の渓流なので水温は
冷たくて渓流の水に入らないと行けない為、今回はダイビングに使っていた
ドライスーツを着こんで行ってきました。

暖かくするに超したことはないと思って、真冬並みのインナーを着込んで
行ってきましたが正解でした、水温は13度。
西伊豆の大瀬崎での真冬の水温です。
この水温ですと、冬にはどこまで下がるんでしょうか、因みに ボウズハゼ
姿は見あたりませんでした。

「あの日、ここに連れてきちゃってごめんね」と謝りながら、蝋燭、線香、
花束に加えて、匡平の吸ってたタバコ、匡平がいつも持ってたミンティア、
それと匡平があの日の昼ご飯に食べてたサラダのり巻きと、自分と2人して
分け合って匡平が最後に食べたゆで卵の、たまごろうを手向けてきました。

何であの日、あそこに連れてったんだろう?
三ヶ月が過ぎても、未だに後悔している毎日です。

自分が死ぬ時まで後悔し続ける事も、匡平への供養のひとつと思ってます。

2009年11月07日

●名古屋城 その2 (西北隅櫓など)

本日は先日の名古屋城見学報告の続きです。

まずは西北隅櫓ですが、解体修理の時に清洲城天守に使用されていた古材が
見つかっており、清洲城の天守か、もしくは小天守を移築した建物とも言われて
いる事から清洲櫓、もしくは戌亥櫓とも呼ばれております。

西北隅櫓は瓦葺き屋根の三重三階造りにて、外堀に面した北面と西面には敵の
進入時の防御対策として落狭間(石落し)がありますが、内部に面した東面と
南面には落狭間はなく、千鳥破風が施されています。

現在の名古屋城の建物としては、最古の建築物になります。

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北方向から見た北面と西面、1階の張り出した部分の下部に落狭間があります。

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外堀内部南東方向から見た、南面と東面です。

先日の報告でも書きました様に、内部は10月18日(日曜)から11月23日(月曜)の
期間だけ一般公開されており、写真撮影もOKでした。

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1階内部、右奥が入り口になり、壁の構造の説明や、発掘された地固め用として
地中に埋められていた古木などが展示されております。

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左の写真の窓と床の間に、細長く長方形で空いた部分が落狭間です。
戦国時代初期の頃は、落狭間(石落し)は名前の様に石や岩を落として進入して
くる敵を撃退する部分でしたが、名古屋城が築城された頃には石や岩の代わりに
この穴から鉄砲を撃つやり方が主流になっていたせいか、長方形の細い穴でした。

階段の角度は、現存する多くの城に比べて緩やかな傾斜角度でしたので、作り
直された物かもしれません。

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2階の内部です。
この写真はNikonのワイドレンズで撮影しており、換算して18mm程度の広角に
なりますが、写る画像範囲から明らかに先日報告済みの 丸岡城の天守よりも
広くて大きいです。

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3階の内部です。
3階の窓には、「入子水抜」と言う名の面白い工夫が観察できました。

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それは木製の窓枠に溜まった雨水を、銅製の小さな筒を使って外に出す物で、
写真赤丸部分に小さな穴が空いており、その内部から外部に向かって写真の
青丸部分に銅製の筒が突き出ており瓦屋根に落とす構造です。

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解りづらいので、それぞれアップにしました。
こういう工夫が、400年近くも木造建築を保っている工夫のひとつと思いました。

名古屋城の隅櫓は、平時には武器や具足類などの倉庫として使われていて、
有事の時には攻撃の陣地になる目的で建てられていたそうで、物見にも有利な
曲輪の隅に、もともと11基建てられていたそうですが、当時のまま現存するのは
西北隅櫓と東南隅櫓だけです。

もうひとつ残っている西南隅櫓は明治時代の濃尾地震の時に、石垣と一部分が
崩壊し、大正12年に当時の宮内庁によって修理復旧がされました。
その修復時に鬼瓦に天皇家の御紋である菊花紋が施され、当時は離宮だった
面影が残っております。

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南側から見た、西南隅櫓です。

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南側から見た、東南隅櫓です。
東南隅櫓も、西北隅櫓と同様に年に1~2度ほど一般公開されますので、次回の
公開時に見学してこようと思っております。

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写真左は、加藤清正公が運んできたと言われている「清正石」。
但し、実際は異なり単なる伝説らしいです。
写真右は、二の丸の南西あたりに建つ清正公の銅像ですが、清正公の銅像は
この他、名古屋城に隣接する名古屋能楽堂の南にも一体建っております。
どちらも「清正石」の近くに建っていない事でも、伝説と言う事が正しい様です。

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二の丸の東庭園の南に、織田信長公が幼少の頃から清洲城へ移るまで住んで
いた那古野城跡の石碑が建っておりました。
何故か名古屋城のパンフレット内の地図や、城内の案内板にも掲載されておらず、
捜すのに苦労しました。

2009年11月05日

●名古屋城 その1 ( 天守 )

最近はあまり聞かない言葉ですが、「尾張名古屋は城で持つ」と言う言葉が
あるぐらい、名古屋っ子のシンボルです。
金のシャチホコのお城って方が、全国的には知られてるかも知れません。

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お城自体の綺麗さや、その巨大さから日本3大名城のひとつでは有りますが、
名古屋城も先日報告済みの 大垣城 同様、第二次世界大戦中にアメリカ国の
空襲によって天守と本丸が焼失してしまってて、現在は復元天守とは言えど
エレベーター付きの鉄筋コンクリート製と、自分的にはもうひとつなお城でして、
自分が住んでる名古屋市内にありながら、今回は約20年振りぐらいに見学を
してきました。

ただ重要文化財になってる西北隅櫓 ( 隅櫓と言っても大きくて、説明してくれた
説明係のおじさんは掛川城の天守と同じ大きさと言ってましたが、自分的には
掛川城よりはでっかいと感じました。 ) 、東南隅櫓、西南隅櫓、表二之門、
東二之門、不明門に於いては、徳川家康公が九男の義直公の為に天下普請で
1610年から1617年にかけて築城して以来、西南隅櫓を除いて現存物であり、
歴史的価値は高いです。

今回は今なら西北隅櫓だけ内部も見学できる事を耳にしたので、久しぶりに
見学して来ました。
その西北隅櫓の見学報告は、後日、別途報告させていただきます。

また、現在の名古屋市の河村たかし市長は、現在復興建築中の木造の本丸に
つづき、天守もコンクリート製から木造に建て直す事を検討されており、来年度
予算に調査費を盛り込むらしく、楽しみです。
自分が生きてる間に、木造の復興名古屋城大天守を見られたら良いのですが

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名古屋城の城内へは西側の正門と、反対の東側にある東門から入れますが、
写真は正門の南側に建てられている恩賜元離宮名古屋城の石碑。

恩賜元離宮とは、明治維新以降に将軍や大名の沢山の土地家屋が天皇家に
献上されて宮内庁が管理をしていましたが、その後、慶祝時などに恩賜として
各自治体に無償で払い下げていった資産があり、名古屋城もその内のひとつで
以前は天皇家の離宮でした。

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こちらは正門、写真左の建物が入場券売り場です。

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写真左は正門を城内から見た姿、平日でも流石に有名な観光地の名古屋城、
団体の学生さんや外人さんも多かったです。
右は、奥行きが広い正門の中に展示されてた義直公の正室春姫の菊人形です。
ちょうど今、10月18日から11月23日の期間で、第62回名古屋城菊花大会が
催されておりました。

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正門から入ったら、やはり金シャチがありました。
全国でも珍しい耳のあるシャチですが、この他、大天守の中にも数匹います。

そして内堀沿いに表二之門の方へ歩いていくと、左奥に大天守が、手前には
西南隅櫓が見えます。
西南隅櫓は明治時代の濃尾大地震で石垣と共に崩壊してしまったそうですが、
当時の宮内省によって修理復旧されました。

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写真右奥が東南隅櫓で、その手前の白い壁あたりが表二之門です。
アホな自分は、表二之門を撮り忘れててきました。

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表二之門を入るとここにも菊人形が、こちらは義直公の菊人形です。
可哀想な事に、正室の春姫さんとは離れて展示されております。

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本丸跡地は平成29年度完成予定で木造の本丸復元工事中でして、左の写真の
小天守手前に写っている壁は、復元工事の観察ができる部屋の壁です。
大天守へは小天守の右側の階段から入りますが、小天守は機械室とトイレが
あるだけで、小天守内から大天守へと渡って入ります。

右の写真は、大店主と小天守の内部説明板です。
現在は、大天守の1、2、4、5階で名古屋城の色んな資料を公開中で、7階には
おみやげ屋さんが有る程の広い展望室があります。

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小天守内から大天守入り口を見た姿ですが、迫力たっぷりです。

展示されている資料で特に自分の目に止まったのは、焼失前の名古屋城の写真と
空襲前に別の場所に保管されていて焼失を免れた襖絵や天井板絵などです。

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焼失前の南東側から撮された大天守と小天守、手前の建物は本丸です。

こんなに立派な建物でしたのに、空襲で焼失とは勿体ない事です。
終戦後に名古屋城の空爆は誤爆だったとアメリカは抜かしてたそうですが、
湾岸戦争でも、イラク空爆でも、アメリカ軍広報は同じセリフを何度も言って
ましたので、昔からの定例会見文なんでしょうね。

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こちらは焼失前の、北東側から撮された大天守です。

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数点展示されている襖絵の中で、特に保存状態が素晴らしく、きれいだったのが
重要文化財の麝香猫図(じゃこうねこず)で、写真上が全体、下の写真は左辺りに
描かれた麝香猫です。
この襖絵は、本丸表書院の三之間西側襖に使用されていたそうです。

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内堀の中へは表二之門から入りましたので、出るときは反対側の北側に建つ
不明門から出ました。
写真左は内堀の中から、右は外から天守を見あげた写真です。
因みにもうひとつある門の東二之門は、残念ながら現在崩れた石垣の工事中で
通れませんでした。

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北西から見た大天守です。
熊本城を築城された加藤清正公が築かれた、空堀から反り上がる三日月石垣が
非常に美しく、各天守は鉄筋コンクリート製であっても石垣や、3つの各隅櫓、
各二之門は本物で、とても綺麗な、どえりゃあ~でっけいお城でした。

2009年11月03日

●定期検診

昨日の午前中は、会社指定の1年に1回の定期検診を受けてきました。

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本文と写真は全く関係ありません。

検査内容は、お決まりの事前に2日間に渡って採集した排便を持参して潜血検査、
尿検査、身長測定、体重測定、血圧測定、肺機能測定、視力検査、聴力検査、
眼底カメラ検査、胸部のX線撮影、 バリウムを飲んで胃部X線撮影、 腹部の
超音波検査、 心電図の検査など。
そして最後に医師による問診と診察を受けて終了、ざっと2時間ぐらいの検査です。

この検査を30歳頃から毎年受けてますので、これでバリウム飲むのも20杯目を
超えたことに成りますが、実は去年、この検査で胃に異常が見つかって産まれて
初めて胃カメラを飲みました。
結果は、ただの荒れた状態で異常なしでしたが、今年は何も無い事を祈ってます。

そして例年ですと、検査終了後は直ぐに帰れるのですが、例年会社に来て頂いて
インフルエンザの予防接種の注射を纏めて社員に打ってもらってますが、いつも
時間がかかってしまうので、今年は定期検診受診者だけは、検診終了後に注射を
打つ事になり、自分も打って貰ってきました。

当然ながら自分は妊婦さんじゃなく重症化しやすい持病も無いので、新型用でなく
季節性インフルエンザ用のワクチンと解っておりましたが、その旨の説明が事前に
医師の方からわざわざありまして、解ってますけどと聞いてみると、どうやら新型
インフルエンザ用のワクチンと勘違いをして打ちに来る方が多いそうで、その為、
自分にも説明されたらしいです。

あれだけ色んなマスメディアで優先順位の報道をされてても、勘違いしてる方って
多いみたいですね。
また、ワクチンの注射を打っておけば、インフルエンザにはかからないと思ってる
方も多いらしいですから、各マスメディアの方達は今の報道説明を変更された方が
良いかもしれませんね。

2009年11月01日

●秀吉清正博物館

先日の休日、名古屋市民でさえあまり存在を知っていない 秀吉清正博物館
見学してきました。

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この 秀吉清正博物館 とは名古屋市博物館の分館として位置づけられており、
名古屋市中村区で産まれた武将、豊臣秀吉公と加藤清正公に関する資料を多く
収集し展示されてる歴史博物館で、以前に豊清二公顕彰館の名前であったのを
1991年に改築し、 秀吉清正博物館 の館名にリニューアルオープンされました。

場所は中村公園の西に建っている中村文化プラザ内にて、中村図書館、中村
文化小劇場の3館が入っています。

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中村図書館入口の東側にある入口から2階に上がると、 秀吉清正博物館
入口があります。

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常設されてるのは写真左の秀吉公と、写真右の様に清正公の2武将に纏わる
品々が中心ですが、織田信長公が天下統一へ向かう頃から、大坂の陣にて
豊臣家が滅亡する頃までを、5つのテーマに分かれて展示されています。

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常設展示物でも随時展示が変わる物がありまして、今回は上の写真の様な
江戸から明治の頃に描かれた、小田原城攻めの時の秀吉公と徳川家康公の
姿、備前名護屋城から朝鮮出兵時の様子、秀吉公の没後300年を記念して
再整備された墓所や、その時に建てられた五輪塔等の様子の浮世絵などが
展示されており、自分自身は初めて見る絵にて感激しました。

これらの常設資料に関しては、入館時に申し出ればストロボ発光無しの条件で
撮影が出来ますが、今回の見学目的であった 「特別陳列 安土桃山時代の
世界地図」 で特別展示されている、各世界地図や、各地球儀の撮影は禁止
されておりました。

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なので、参考までにパンフレットの写真を載せて頂きました。

安土桃山時代、いわゆる戦国時代の頃にヨーロッパで描かれた世界地図が
沢さん展示されており、時代と共にヨーロッパ人から見た日本の姿が変化して
いく様子が詳しく解ります。

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特に、「テイセラ 日本図 1595年作」(岐阜市歴史博物館蔵)にて、ようやく
ひと目で日本と解る地図が誕生しておりますが、この時点で日本国内には
日本の地図を正確に印刷された物は無く、ヨーロッパ人の方が日本の姿を
正確に知っていたと言う事実は面白かったです。
因みに1700年頃までの各地図には、北海道の存在が有りません。

「特別陳列 安土桃山時代の世界地図」展の見学料金は、何と無料。
10月10日(土)から11月15日(日) までの期間限定の開催ですのでお早めに。
他にも当博物館の近くには、秀吉公や清正公の生誕地碑や、豊国神社、
妙行寺、常泉寺など多くの史跡がありますので、名古屋観光の観光先に
リストアップされると良いかも知れませんよ。

2009年10月31日

●大垣城

本日の見学報告は、関ヶ原の合戦にて西軍の本拠地になった大垣城です。

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本丸跡の大垣公園から見た大垣城の天守と乾櫓、写真の右辺り手前に
写っているのは、初代大垣藩主の戸田氏鉄の騎馬像です。

応仁年間(15世紀頃)に築城されたと思われ、当時当地域の代官職であった
大垣氏の名前から大垣城と呼ばれるそうです。
その後、1535年(天文4年) に宮川安定が城郭を築き、1560年(永禄3年) に
氏家ト全が城主となり、堀、土塁、総囲いなどを再整備され、豊臣秀吉の命に
より1588年(天正16年)に一柳直末によって天守が築かれたとされてます。

1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いでは、当時城主の伊藤盛宗は西軍だった
ため、石田三成らが西軍の本拠地とするが、西軍の敗北により落城。
江戸時代、1635年(寛永12年)に戸田氏鉄が城主となってから明治までは
大垣藩主戸田家の居城となっておりました。

1873年(明治6年)の廃城令にて廃城になりましたが、天守など一部の建物は
壊されず、昭和11年に国宝に指定されましたが、残念な事に第二次世界大戦
末期の昭和20年7月に、アメリカ軍の空襲によって焼失してしまいます。

現在の天守は昭和34年に、鉄筋コンクリート造りによって復元建造されたもの
で、内部は資料館になっており、昭和60年4月、戸田氏入城350年を記念して
隅櫓や一部土塀なども復元されました。

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左の写真は天守入り口、右は入り口横に建てられてる説明板、江戸時代初期の
頃の大垣城の絵図や、大垣城の由来などが書かれております。

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左の写真は南側から見た、右は東側から見た天守。

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南東側から見た天守、ちょうど石垣の補修工事などが重なり、一部、左隅に
安全用の塀板が写ってしまいました。

天守内部の資料館には、火縄銃、刀、槍、具足等や、戸田家の資料などが多く
展示されておりました。
天守への入館料はお安く100円ですが、大垣公園の西にある大垣市郷土館との
共通券は400円でした。

2009年10月29日

●忘れてた図鑑

お久しぶりに、海洋生物のお話です。
と言っても、久しぶりに潜ったわけでは無くて、図鑑のお話しですが。

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「以布利・黒潮の魚 ―ジンベエザメからマンボウまでー」

すっかり忘れておりましたが、前から捜していた図鑑にて存在を知った時には
既に販売は終了しており、やっとネットオークションで捜して購入したのですが、
届いた時はちょうど匡平が天国に行ってしまった頃で、配達不在通知をみて
配達所まで取りに行き受け取ったまでは良かったのですが、そのあとしばらく
バタバタしていて、クローゼットの奥にしまったままでした。

何故、クローゼットの奥かと申しますと、自分の使ってるクローゼットは手前には
一般のクローゼットと同様に服やズボンを掛けるようになってますが、いちばん
奥は本棚になっており、偶にしか読まないとか、コレクションしている本とかDVD
ボックスが並んでおり、その横に置いたまま忘れてたんです。

この図鑑は大阪海遊館が2001年に発行したもので、海遊館で展示されている
生物のふるさと、高知県土佐清水市の以布利にて10年間に渡って京都大学や
高知大学と共同研究された生態調査や、周辺海域の魚類調査をまとめたもの。

因みに、この以布利には海遊館の展示生物の収集、飼育と、周辺海域の調査
研究を目的として、1997年に「大阪海遊館 海洋生物研究所以布利センター」が
海遊館の付属施設として開設され、来年の10月にはジンベエザメや、マンタ用の
大型水槽が新設される予定です。

自分がオークションで捜してまでこの図鑑が欲しかった訳は、以前に当ブログで
報告してた キンセンイシモチ(ドットタイプ) と、 キンセンイシモチ(ラインタイプ)
キチンと掲載されているからでして、この春に AQUAS さんでログ付けしていて
まっちゃんにドットタイプとラインタイプの質問してたら、「これに載ってるよ~」って
教えていただき、「本当は2冊あったんやけど、ぢ〇ーちゃんが2冊あるならさぁ、
1冊ちょうだいよって、持ってっちゃった~」って、言ってられました。
さすが、オレ様です。

と、それはさておき、それからずう~っと捜しておりました。

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もうひとつこの図鑑を自分が気に入ったのは生態写真のほとんどが、柏島の
先駆者の平田先生の写真が使われており、写真のキャプションのほとんど
「大月町では観察出来るが、室手ではウンヌン、以布利ではウンヌン」等と
大月町の文字が常に出てきて、柏島ファンにはたまりません。

販売していた当時は6,000円で販売されていたのですが、自分が手にした時は
約1.3倍の価格で、最近のオークションで掲載されてる価格は 15,000円まで
高騰している人気図鑑です。

もちろん人気と言っても、さかなヲタクにとっては ですけどね。

2009年10月27日

●今ごろではありますが

以前にも報告済みのドラクエ9ですが、やはり7月の父の葬儀後しばらくそんな
気分になれなくて、7月下旬になってようやくやる気になったと思ったら、8月の
始めに今度は匡平が天国に行っちゃって、結局、8月中旬過ぎ頃からなんとか
やる気が出てきて、再開しました。

このところ休日は所用が無ければお城巡りをしてますので、休みの日に自宅に
居ない生活は、いつも海に行ってた以前の生活と何ら変わりませんが、仕事は
昨年ほとんど部下に引きついでた事もあり、これをきっかけにスタッフに任せて、
以前の様に毎日遅い帰宅ではなく、わりと早めに帰宅する様に変えました。

休みの度に海に行ってた頃は、整理しても仕切れない量の写真の整理とかを
暇な夜にやってましたが、まだ今は過去に撮り貯めてきた写真の整理も興味が
沸かず、TVやDVD見ながらドラクエってる毎日です。

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そしてやっと昨夜、「見えざる魔神の地図Lv87」、通称「まさゆきの地図」という
宝の地図の大ボスをやっつけました。
これで、すれ違い通信で友達にあげられる事ができます。

と言っても、今ごろなので皆さん既に持ってるかと思いますが・・・・・

ドラクエ9をやってない方には「何じゃそれは?」と思われると思いますが、この
ゲームには"すれ違い通信"と言う通信機能があり、同じドラクエ9を遊んでいる
人同士で、それぞれが持っている「宝の地図」を人にあげる事が出来ます。

「宝の地図」はいわゆるダンジョン地図なんですが、最初からドラクエ9に全て
入っているのでなくて、この様に他の人から貰わないと入手出来ない物もあり、
またそんな地図ほど、レアアイテムが拾えます。
そして全ての「宝の地図」の最深階には大ボスが居て、こいつを倒してクリアー
しないと他の人にあげる事ができません。

因みにクリアーすると、地図のマップが全て写真の様に表示される様になり、
クリアーするまでは地図はその時に歩いた部分しか表示されません。

レアアイテムの地図ほど、レベルが高くないとクリアー出来ない訳で、写真の
地図を自分はキャラ4人全員レベル99にしてから挑みましたが、やはりそこまで
レベルを上げてると、クリアーは簡単でしたよ。

と言う事で、今夜は「川崎ロッカーの地図」に挑んでいるところです。

2009年10月25日

●現存天守 福井の丸岡城

国宝 4城の、松本城、犬山城、彦根城、姫路城は名古屋から日帰りの行程で
全て行けますが、残りの現存天守 8城で無理せずに日帰りで行けるのは、この
丸岡城ぐらいです。

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独立式望楼型2重3階にて、1576年(天正4年) 織田信長の家臣にて、越前を
領していた柴田勝家の甥の勝豊により築城され、現存最古の天守と言われて
おりますが、建築史における観点からでは、慶長期(1596年以降)の特徴を多く
見る事ができるので、1596年以降の築造か、又は、改修による姿ではないか
と考えられております。

屋根の笏谷石製瓦は珍しく、豪雪地帯特有の物かも知れません。

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本来なら左の写真の様な構図で綺麗に撮りたかったのですが、平日とあって
丁度この日は植木の剪定中でした。
今回は1時間30分ぐらい見学してましたが、観光客は自分含めてたった4人と
平日は観光客が少なくて写真が撮りやすくて良いのですが、こんな剪定作業や
清掃作業に遭遇したりして、たまにハマります。
一番最初の写真は、高所作業車が少しだけ移動した時に撮しました。

右は、天守入り口正面からですが、このような高い階段を昇って入ります。

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こちらは一番最初の写真の反対から見た画像です。
丸岡城は、1871年(明治4年)に 廃藩置県により廃城となり、天守以外は全て
解体されましたが、天守だけは当時の丸岡町により買い戻されて解体を免れ、
城跡は公園となったそうです。

その後昭和9年に天守が国宝に指定されますが、昭和23年の福井地震の時に
倒壊し、昭和30年に倒壊した天守は倒壊材を元の通り組み直し修復され、
現在は重要文化財に指定されております。

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左は駐車城に設置されていた、昔の丸岡城の概要図、因みに駐車城は無料、
天守への入場料金は、右の写真の左に写っている歴史民俗資料館の入場料
込みで300円と、色々な地方にあるお城の入場料金と比較して格安でした。

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左の写真に写っている鯱は、昭和15年~17年の修理の時に作られた石製の鯱
です。元々は木彫り銅版張りの鯱だったそうですが、当時は戦時中にて銅版の
入手が困難だった為、石製に改められたそうですが、その後昭和23年の福井
地震の時に棟より落下し、こちらに展示されております。
尚、現在の鯱は、昭和30年からの修理に時に、本来の木彫り銅版張りの鯱に
再度、改められております。

右の写真の井戸は、信長に攻め滅ぼされた一向一揆衆の残党が、築城後に
何度も城に攻めこんだが、その度にこの井戸から大蛇が現れ、霞をかけて城を
守った言う伝説の井戸だそうで、廻りに写っている石垣は、「野づら積み」という
古い石垣方式です。
一見すき間が多く雑に積んである様に見えますが、排水が良く雨などで崩れる
ことは無いそうです。

さて天守の内部は。

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入り口を入ると、直ぐ正面に2階に上がる階段があります。
戦後復興された鉄筋コンクリート製のお城の階段と異なり、現存天守や木造で
復興されたお城の階段は急な角度の階段がほとんどで、ここでは拳の付いた
ロープが垂れ下がっており、階段の手すりとロープを使って安全に昇り下りを
する事ができました。

尚、城内での写真は全て板壁や展示物を劣化させない様にストロボやライトを
当てずに撮しておりますので、申し訳ありませんが全体に暗くピンが甘い写真に
なってます。

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北東の角から撮した、1階全体の写真です。
木造3階建てとあって、柱がいっぱい建ってます。

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階段の廻りには明治以降の丸岡城の写真が飾られており、左は明治34年の
写真、右は昭和23年の福井地震時に崩壊した写真です。
他にも、現存天守12城の写真なども飾られておりました。

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左の写真の1階の階段を昇り、2階に上がると右の写真の様になってました。

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南西の角から撮した、2階全体の写真です。
2階は真ん中の大部屋を囲う様に、東西南北にそれぞれ飾り細工の付けられた
窓付きの小部屋が有ります。
右側に移っている階段が1階と2階を繋ぐ階段、写真の真ん中あたりに写ってる
のが、2階と3階を繋ぐ階段の裏側面です。

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左は東の窓から撮した写真、右は丸岡城の歴史の説明板です。

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2階から3階への階段も急角度なので、同じく手すりとロープ付き、そして3階に
上がると右の写真の様になってます。

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2階全体の写真と同じく南西の角から撮した、3階全体の写真です。
2階の窓と異なり、各窓には飾り細工は付けられておらず、天井は無く屋根裏が
むき出しになっておりました。

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左は東の窓から撮した写真、右は南の窓から撮した写真です。

この後、歴史民俗資料館も見学してきましたが、柴田勝豊が有名な武将では
無かったせいか、柴田勝家、勝豊等の甲や具足などの展示物は無く、おいて
ある資料も少なく、現存天守以外はこれと言った珍しい物は特にありません
でした。
入場料金がリーズナブルなのは、このせいなのかも知れませんね。

2009年10月23日

●長浜城と、名刀正宗

この7月までは水生生物ヲタクの当サイトでしたが、最近ではすっかり歴オヤジの
ブログになっております。
そんな本日は、名刀「石田切込正宗」の見学報告です。

石田三成が愛用していた正宗として有名な「石田切込正宗」ですが、現在は国の
重要文化財として東京国立博物館が所有されており、10月5日から11月1日迄の
期間限定にて長浜城歴史博物館にて展示公開されております。

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写真は、展示されている長浜城歴史博物館が入っている長浜城の天守。
夕方の撮影でしたので、太陽をお城の後ろに隠して撮りました。

長浜城は、 豊臣秀吉 (当時は羽柴秀吉) が浅井長政を攻めた戦いの功にて
織田信長から浅井氏の旧領を拝領して、その当時、今浜と呼ばれていた町を
信長の名から一文字拝借して長浜と改名し、小谷城で使われていた資材を
流用する等して建てた城でしたが、その後に廃城となり資料も残っておらず、
写真の天守は、1983年に犬山城や伏見城をモデルにして模擬復元されたもの
です。
なので歴史的価値は、ちょっと低いお城と言えます。

そもそも「石田切込正宗」とは、前田利家が没した夜に加藤清正、福島正則ら
武断派七将による三成襲撃事件が発生し、大坂屋敷にいた三成を佐竹義宣が
助けて宇喜多秀家の屋敷に避難させ、伏見の屋敷にたてこもりました。

以前は、その後伏見の徳川家康邸に逃げ込み難を逃れたと伝えられてましたが
当時、対立状態であった三成を家康が匿うとは考えにくく、歴史学者によっては
三成襲撃事件をけしかけたと言う説もあります。

結局、七将と三成の確執の責任を取る形で、三成は奉行職を辞め佐和山城での
蟄居となり、その道中の警護を家康の次男である結城秀康が務められ、それに
恩義を感じた三成が別れ際に、自身の佩刀である「五郎正宗」を「秀吉公が愛した
一口」との言葉を添えて秀康に贈られました。

秀康は大層喜ばれて、「五郎正宗」を「石田正宗」と名付けられ、生涯差料として
愛用したそうで、

「石田正宗」は日本で最も有名な刀匠の一人、五郎入道正宗の手により作られた
刀にて、棟(みね)に2ヶ所の切込あとが入っている事から 「石田切込正宗」 との
名前で呼ばれておりますが、この切込あとさえ無ければ、重要文化財では無くて
国宝だったと言われております。

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実際に現物を拝見すると凄く綺麗な刀剣にて、切り込みあともハッキリ確認する
ことが出来ましたが、残念なことに「館内展示物の撮影は禁止」とされてました
ので、撮影は止めておきました。

ただいつも思うことですが、ほとんどの史跡での館内撮影は禁止されている所が
多いのですが、ストロボやライトなどの強い光を当てさえしなければ展示物が傷む
とは思えず、ストロボやライトを当てない撮影は許可して欲しい物です。

2009年10月21日

●みどりが丘公園の抽選会

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決して、こんな椰子の木が生えてる公園では有りませんが。

昨日は自宅から車で約20分ほどの名古屋市緑区に有る、みどりが丘公園の
本年度下期募集の抽選会に行って来ました。

みどりが丘公園は名古屋市が1988年から設置開始された墓地公園で、現在
約20,000区画ほどありますが、予定では36,000区画まで増設される予定で、
現在も増設工事がすすんでおります。

敷地は、2001年5月に開設された「みどりが丘公園会館」を中心にして北部と
南部に分かれていて、北部にはいわゆる日本式の普通墓地と洋風の芝生の
墓地が、南部には普通墓地が配されており、同一面積の区画毎で小ブロック
形成がされていて、各ブロツクには駐車帯を併設した道路が面してますので、
各区画の近くまで車で行けます。

政令都市でありながら、移動手段は車と言う文化の名古屋市ならでは配慮が
されております。

「みどりが丘公園会館」は、墓地利用の受付や、車椅子の無料貸出しを行って
いる他、線香、ロウソクの常時販売や、飲料水の自動販売機などが設置されて
おります。
公園内には他にも約400台の駐車場や、各ブロック近くに墓参用の水汲場が
あって、備え付けの桶が無料で利用できます

公共機関で行く場合は、名古屋市営地下鉄の桜通線野並駅から市営バスに
なりますが、桜通線は現在徳重地区まで延伸工事をしており、2011年度中に
徳重駅が完成すると、最寄り駅は徳重駅になり公園まで約1.5kmと、今より
近く便利になります。

本年度は前年度までに埋まってない区画の上期募集の抽選会が4月16日に
あり、翌日から9月18日まで抽選会で埋まらなかった区画を先着順で受け付け
しておりました。
それとは別に本年度の新規造成区画の募集が、7月31日~8月3日の期間に
受け付けられ、複数の申し込みが有った区画は、後日、公開抽選の方法で
当選者が確定され、それで埋まらなかった区画と、上期募集で埋まらなかった
区画を対象にした下期募集の抽選会が昨日あり、我が家も参加しました。

上期募集と下期募集の抽選会は、新規造成区画の抽選会とは方法が異なり、
当日1時間ほどの受付時間があって、その時に抽選番号が付与されます。
そして抽選会があり、早く当たった方から希望する区画を選択してしていくと
言った方法です。

そして我が家の結果は。
くじ運が日頃から非凡な自分は、全受付164件中、79番目でした。
そんな真ん中よりちょい前の順番では、やはり希望していた5ヶ所中のうち、
何とか5番目が空いてる状態。
結局、その希望5番目で申し込んできました。

この後は来週に正式の申し込み手続きをして、11月中旬までに費用を支払えば、
早ければ12月以降に使用許可がおりますので、来週ぐらいからは墓石選びに
時間をかけようと思います。

2009年10月19日

●浜松城

今年の6月までの休日は、ほとんど海や川で潜ってましたが、このところ休日は
ほとんどお城巡りをしておりまして、この3週間で既に報告済みの彦根城を含め
11城制覇しました。

その中から本日は、先日報告済みの彦根城の築城を命じた徳川家康公がまだ
織田信長公と同盟を結んでいた頃、約17年間在城されてた浜松城 ( 濱松城 ) の
見学報告です。

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浜松城の築城に関しては諸説がありまして、1504年~1520年頃に今川貞相氏が
曳馬城との名で築城されたと言うのが、最も有力な説になってます。

その後、今川氏親氏の配下の飯尾乗連氏が城主となり、桶狭間の戦いにおいて
今川義元公が戦死すると今川一族の衰退が始めり、乗連氏から子息の連竜氏に
当主が受け継がれた後、今川氏親に反旗を翻すが今川氏の謀略により連竜氏は
誘殺されます。

その後、連竜氏の未亡人であるお田鶴の方や家臣によって、守られてましたが、
1568年に家康公によって攻略され、1570年に家康公は武田信玄公からの侵攻に
備えて、岡崎城を嫡男の信康公に譲られて入城し、速やかに浜松城を西南方向に
拡張し、当初の曳馬の名を地名ともに浜松と改められたそうです。

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1573年の三方ヶ原の戦いにて、武田信玄公の挑発の策略にはまった家康公は
浜松城から打って出ましたが、武田軍の巧妙な反撃に遭って敗北を喫しており、
その時に命からがら逃げ帰っております。
その時に撤退を決断した苦渋に満ちた表情を写した肖像画(しかみ像)を残しており、
後世、自身の戒めにしたと伝えられております。
他にも有名な姉川の戦い、長篠の戦い、小牧・長久手の戦い等もこの浜松城から
出陣されております。

その後も1582年まで拡張改修工事は続けられて、1586年に家康公は浜松城から
駿府城に本拠を移され、1590年からは豊臣秀吉公の家臣の堀尾吉晴氏、子息の
忠氏氏が合わせて11年間在城されたが、関ヶ原の戦いの功績で出雲国松江に
移封されるなど、その後の歴代城主の多くが後に江戸幕府の重役に出世したこと
から、出世城とも言われております。

残念ながら明治初期の廃城令により破壊されましたが、その時点では天守は無く、
本丸にあった二重櫓が天守代用とされていた模様で、1958年に野面積みの石垣、
旧天守台の上に鉄筋コンクリート製の天守閣が復興再建されました。

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天守の直ぐ近くに有る銀明水と呼ばれる井戸。

浜松城には天守台に1本、天守曲輪の押門のそばに1本、本丸に1本、二の丸に
3本、作左曲輪に4本の合計10本の井戸があったと言われてますが、写真の井戸
以外にも、天守台の井戸は再建時に復興天守の地下に残されております。

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本丸跡地には家康公の銅像が建てられており、周りは広大な公園に整備が
されております。
その公園の広さや、現存している野面積みの石垣の広さから考えても、当時は
かなり大きな敷地のお城であったと思われますが、復興されているのは以外に
小さな物でした。

2009年10月18日

●残念です。

昨日、悲しいNEWSでした。

皆さんも報道でご存じの様に、当ブログでも過去に何度か紹介させて頂いた、
サディステック・ミカ・バンド等で活躍された音楽家の加藤和彦さんの訃報が
流れました

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左はデビューアルバムの「SADISTIC MIKA BAND」、
右は1973年に発表された「ハイ・ベイビー」、発売時のシングルレコード盤の
ジャケットです。

中学生の頃に洋楽に凝り出し、洋楽一辺倒だった自分に邦楽の良さを教えて
くれたのが、サディステック・ミカ・バンドでした。
デビューアルバムの「SADISTIC MIKA BAND」には、当時まだイギリスの
ヒットチャートで取り上げられ始めたばかりのサウンドのスカが入ってたりして、
世界でも先端を行くアルバムでした。

その後に発表されたアルバム「黒船」や、「ホット!メニュー」は、ビートルズや
ピンクフロイドを手がけたクリス・トーマス氏がプロデュースし、親交のあった
ロキシーミュージックの前座ながら、ロンドン公演も行いました。

自分はサディステック・ミカ・バンドを知ってから、それまでに加藤和彦さんが
作り出してきた音楽を知った訳ですが、自分の音楽感に大きな影響を与えて
くれた方でした。

ご冥福をお祈り申し上げます。

2009年10月17日

●戦国ふぁっしょん

本日は名古屋市東区の徳川美術館にて、10月10日~11月15日の期間で
催されている 秋期特別企画展の「戦国ふぁっしょん -武将の美学-」
見学報告です。

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徳川美術館がある徳川園の入り口です。ここは無料で入れます。

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こちらは徳川美術館の入り口、観覧料は1,200円です。

徳川美術館は徳川家康公の遺品を中心にして、尾張徳川家初代の義直公
( 家康公の九男 ) 以下代々の遺愛品や大名道具などを常設展示しており、
「源氏物語絵巻」などの国宝9件、重要文化財57件を保管している美術館にて、
江戸時代の大名生活を知るには全国一の美術館です。

今回の特別展では徳川美術館の所蔵品だけで無く、国内の美術館や博物館
などで保管されている歴史上貴重な品物を借用され、安土桃山時代から江戸
時代にかけての、家康公を始め名高い武将の兜、甲冑、具足、陣中用具等の
戦闘品や、陣羽織、小袖、袴、屏風絵などの日常品が展示されており、その
展示されたほとんどが複製品でなくて本物です。

戦国時代の武将の最大の仕事は合戦です。
その仕事はいつ今生の別れとなるかも知れない仕事が故、多くの武将が常に
戦闘用具を人と異なり個性が目立つ様に着飾っていた様で、正に現代で言う
ファッション。
今回の企画展ではその点に着眼され、数多くの戦国時代の武将達のおしゃれ
具合のあふれる服装(兜、甲冑、具足、陣羽織等)をメインとしておりました。

特に自分が見たかった内のひとつの、上杉謙信公の紺紅羅紗地袖替陣羽織
などは保存状態も良く、胴部の紺色と袖部の紅色の色彩の鮮やかさが鮮明に
残っており、やはり本物は写真では描写しきれない綺麗さに満ちておりました。

ただ自分が一番見たかった、重要文化財の狩野元秀氏が描かれた、有名な
織田信長公の肖像画 ( 教科書なんかによく出てくる信長公の座った絵 )が、
展示期間は10月31日~11月6日だけらしく、今回は見れませんでした。
保管されてる長興寺さんでは、一般公開されていないだけに、今回見たかった
のですが下調べ不足でした。
でもやはり見てみたいので、期間中にもう一度行ってこようかと思ってます。

あと疑問に感じたことは、陣羽織の英語表記がバトルスーツとなってまして、
そもそも陣羽織とは、武将が戦場で雨風や寒さをしのぐ為に、甲冑の上から
羽織って着用したものですから、甲冑がバトルスーツで、陣羽織はオーバー
コートかと思いました。

館内はやはり撮影禁止で、写真が撮れませんでしたので、展示物の写真は
「戦国ふぁっしょん -武将の美学-」のサイトを参照して下さい。
また展示物によっては、織田信長公の肖像画同様に展示期間が異なる物も
有りますので、見に行かれる方は見たい物の展示期間をチェックしてから
見に行かれた方がいいですよ。

2009年10月15日

●免許の書き換えに

先日、自動車の運転免許証の更新に行ってきました。

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名古屋市民なら、ほとんどの方が運転免許証の更新に訪れる天白区にある
愛知県警察運転免許試験場、通称"ひらばり"です。

5年前の前回の更新時はゴールド免許でしたので、優良ドライバーと言う事で
講習時間はほんの15分程度でしたが、今回は昨年初夏に柏島からの帰り道に
スピード違反をしてしまい 免停に なった上、更に 7月に父が亡くなった時に
またしても20Km/h超のスピード違反をしてしまい、今回の更新時はは2時間の
違反者講習でした。
講習時間が長い分、金額も1,000円高いんですね。

それと当たり前の事ですが、今回はゴールドでなくブルーの免許証。
ゴールドに戻るには5年間の無事故無違反ですから、次回もブルーの3年間です。

ちょっと意外だったのは、やっと今年から愛知県もICチップが封入された
運転免許証になったのですが、本籍地欄は白紙になっているのに、現住所は
バッチリ書かれております。

ICチップ導入は偽造目的だそうですが、このご時世、ついでなら現住所も
白紙にして個人情報保護に努めれば良いのに、変なものです。
写真、名前、現住所と免許証番号は、一目で判りますから、頭が良い悪い輩は
いくらでも偽造できそうに思えます。

ICチップが入ってるなら、専用読み取り端末機で情報は読み取れますから
写真と名前だけで良いと思うんですけど、おそらく全国民が一緒じゃないから
とか、全拠点やパトカー、白バイへの読み取り端末機の配備とかの問題なんで
しょうね、きっと。

2009年10月13日

●国宝 彦根城

本日は、9月下旬に訪れてきた彦根城の報告です。

明治初期の廃城令に伴う破却を免れたり、第二次世界大戦時のアメリカの
空襲による焼失を免れ天守が現存しているお城は、弘前城、松本城、丸岡城、
犬山城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、松山城、宇和島、
高知城の12城ですが、このうち松本城、犬山城、彦根城、姫路城の4城は
国宝となっております。

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匡平が撮してきた写真を整理していると、犬山城、松本城、姫路城の写真は
ありましたが彦根城は無く、ひょっとしたらカメラを忘れただけで行ってるかも
知れませんが、残る1城の写真を自分が代わりに撮ってきました。

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詳しいことは 彦根観光協会 のサイトを見て頂くとして、簡単に説明しておきますと、
彦根城は関ヶ原の戦いにて勝利を収めた徳川家康公が、敗れた石田三成公の
佐和山城を取り壊し、徳川四天王の井伊家に築城を命じ天下普請の事業にて
1603年に築城が開始され、1622年に完成しました。

建築に於いては、大津城から天守、佐和山城から佐和口多門櫓と太鼓櫓門、
長浜城からは天秤櫓、小谷城から西ノ丸三重櫓、他にも観音寺城からなどの
移築伝承が多くあり、これら建物や石材の移築転用は工期短縮となり当時の
コスト削減からも行われたもので、他にも天下普請で築城された名古屋城や
姫路城も同様の方法がとられているそうです。

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現在、特別に内部を公開中の佐和口多門櫓の屋内から外を見た風景です。
この景色が見られるのは今だけだそうですよ。

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こちらは全国的にも現存してるのは希な馬屋。
重要文化財として国の特別史跡に指定されてますが、写っている馬は説明を
するまでも無いですが、模型です。

幕末の頃の井伊大老が藩主となるまで過ごした城でもあり、現在、隣接されて
いる彦根城博物館では、"井伊直弼と開国150年祭" が開催されており、詳しく
勉強することができます。

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もっとも、ひこにゃん見たさで訪れる方の方が多いかも知れませんが。
時間帯によっては、なまひこにゃんが見られるそうですので、是非みたい方は
こちらで スケジュールを確認してからお出かけ下さい。

2009年10月10日

●取り壊し工事

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我が家から徒歩1分のところに、今の家に引っ越す前に我が家も住んでいた
県営住宅、いわゆる一般的に言う団地があり、住居ビルが19棟建ってます。
1967年~68年に建てられたもので、老朽化の為に敷地内東側の12棟を壊し
新しく建て直しするそうで、今月から取り壊しが始まりました。

12棟は道路を挟んで4ブロックに別れており、各ブロックを4期に分けて順次
取り壊していくそうで、まず東北の1ブロックの4棟 ( 4階建て2棟と、5階建て
2棟で、合計138戸 ) が取り壊された後に、10階建て( 126戸 )を1棟だけ建て
るそうですが、その後の各ブロックは建て直しでの階数や規模は実施設計を
していく中で、変更も有りえるそうです。

我が家はこの今回取り壊される4棟の内の4階建ての1階に、匡平が保育園に
上がる前まで住んでおりました。
ブロックの4棟の間には小さな公園があって、匡平や長男が小さな頃はよくこの
公園でお友達と暗くなるまで遊んでいただけに、壊されて無くなってしまうのは
とても寂しい気持ちになります。

ただ住まれていた方達が8月までに退去されてからは、夜は真っ暗の建物が
4棟並び、ちょっとゴーストタウンみたいなイメージがありましたから、早めに
取り壊しが始まるのは地域の安全の為にも良いことかも知れません。
しかし、取り壊し工事によってホコリがまったり、ネズミなどの害虫が逃げ出て
くるのは嫌な物です。

以前に市営地下鉄桜通線が、新瑞橋駅から野並駅までの延伸工事の時には、
それまで我が家に居なかったネズミが発生しましたが、今回はどうなんでしょう。

しかし匡平が亡くなった年に、以前に住んでいた所が取り壊されていくとは。
何か不思議な縁を感じてしまいますね。

2009年10月08日

●2回目の、月命日

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2009年10月8日7時30分頃 近所の天白川

今日は、匡平の2回目の月命日です。

お坊さんが月命日のお参りに来て下さるのは、百か日を過ぎた最初の月命日
からですので、いつもと同じ様に朝、仏前でお勤めをしました。

予定どおりですと12月の月命日からお坊さんが来て下さるので、それまでの
月命日は朝から遠方への外出が可能と思い、先月の初めての月命日は匡平が
天国へ行ってしまった現場に行き、お花とお線香と手向けてきました。

そして今日も行ってこようと考えていたのですが、あいにくの台風接近。

我が家は約9年前に、床上70cmの浸水被害を経験しておりますので、昨夜は、
万が一の場合に備えて、いざという時に配線を外すのに手間をとってしまう
デスクトップPCやHDDレコーダーや、他にも大事な物を2階にあげ、各自の
車は高台に駐車しておきました。

そんな前準備をしておいたせいなのか、やはり午前6時頃に天白川の水量が
危険水位を超えたので避難して下さいとの広報車が廻ってきました。
しかし天白川へ見に行ってみるとまだまだ水量は低く、その後、上の写真の
程度まで水量が下がったので、無事に避難解除となりました。
何も被害が無くて良かったです。

という事で昼からはPCやら、電化製品の設置し直しです。

2009年10月06日

●週刊少年ジャンプ

自分は50歳を超えても、漫画好きで愛読書のひとつが"週刊少年ジャンプ"です。
"少年"というタイトルが付いているにも関わらず、オヤジが読んでます。

そのジャンプですが、自分が小学5年生の夏に最初は週刊でなく、月2回発刊で
創刊され、それ以来の愛読書なので愛読歴は 41年になります。

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子供達が小学生ぐらいになると購入費用は自分ですが、ジャンプを買いに行く
係は長男に変わりました。
しかし、長男は成長すると共にだんだんと漫画を読まなくなっていき、その後、
二男の匡平が買う係になってました。

勿論、購入費用はずうっと自分のままでしたから、匡平も漫画好きでしたので
お互いに持ちつ持たれつだったとは思いますが、匡平が居なくなった今、再び
自分が買う係になってしまい、購入してきては仏前に供えております。

ジャンプに掲載されてる漫画では、"ワンピース"と、"ピューと吹く!ジャガー"
の2つが匡平は特に好きでして、単行本も揃えてました。
アニメ化されて世界中で放映されているほど人気がある "ワンピース" は自分も
好きですが、"ピューと吹く!ジャガー"に関しては、ちょっと自分は???

小さい頃の匡平はLEGOが一番でしたが、大人になると"BE@R BRICK"の人形や、
ガンダム系のホビーなどを集めてましたが、ちょっと変わったマイナーキャラ
もんも好きで、先日紹介しました "ロビンくんと100人のお友達" "や、もっと
マイナーキャラな"豆腐親子"などの人形も集めてました。
なのでちょっと変な"ピューと吹く!ジャガー"も、好きだったのかなと思います。

メジャーどころでは自分が収集している鳥山あきら先生や、浦沢直樹先生の
作品が好きで、特に浦沢直樹先生の "PLUTO" に至っては、一時、お互いが
知らずに、2人して同じデラックス版をそれぞれ購入してました。

これらメジャーな作品以外で匡平が独自に集めてたのは、吉田戦車先生や、
古谷実先生などと、思えばやはりちょっと変わったキャラの作品が多かったよう
ですね。

と言う事で、昨日は仕事帰りに毎週月曜発売のジャンプを買って、仏前に供え
させていただきました。

2009年10月04日

●父の、百か日法要

今日もちょっと暗い話ですみません。

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撮影者 : 匡平 2009年7月26日 伊勢神宮

この7月に父が亡くなり、生前、自分が兄弟の中で一番見舞いに行かなかった
親不孝を悔やんで、葬儀後しばらく休日は全て実家に行って草抜きや実家の
修繕等をしてましたが、その約1ヶ月後に匡平が亡くなった事のほうが自分の
中では大きく、それからは仏前に手を合わす事さえしてませんでした。

こんな事を書くと親不孝者と皆さんから叱られそうですが、自分にとっては
育ててくれた父よりも、育てたつもりの息子の方が悲しみは数段上だったん
です。

18歳で進学の為に実家を出るまで父に暮らしてもらった18年間よりも、匡平が
産まれてから亡くなるまで一緒に暮らした25年間の方が長いのは当然ですし、
晩年の16年間は寝たきりとは言え84歳で亡くなった父よりも、僅か25年間の
短い人生でしかなかった匡平の方が可愛そうに思いますが、何よりもやはり
親より子供が可愛いと思う人間の性かも知れません。

そんな中、昨日は父の百か日法要が実家であり、久々に父の仏前でその事を
謝って、若い頃は登山が趣味だった父に、スノボードが好きだった匡平に
天国で車に乗せて連れてって貰ってとお願いしてきました。

先日も書きました様に仏教の世界観では、既に49日を終えた今、父も匡平も
産まれ変わっているとは言われますが、女房としてはそうでは無くてきっと
天国で父や母、そして女房の父達に匡平は再会して、生前の様に可愛がって
もらっていると言ってます。
実際のところは、自分も余所の家の子になるよりは、そうであってほしいと
思います。

そして百か日法要が済んでから、匡平の捜索をしていただいた尾鷲警察署と
紀北町海山消防署、海山消防団の方に御礼に長男と行ってきました。

行く途中に長男と「もう2ヶ月も前の事だし、夏の海や川での遭難事故は多い
から、もう忘れられているかも知れんね~」と話していたのですが、訪ねて
みると応対していただた皆さんは覚えてられてました。

行方不明になった日は晴天でしたが、夜から雨が降り、見つけていただいた
翌日は雨の中、早朝から沢さんの方に一生懸命に探していただき、見つけて
いただいた時にお礼を述べると、皆さん「仕事ですから」と言ってられて、
本当に人に奉仕される仕事なんだなと思い感謝しましたが、あれから2ヶ月
経った昨日、ふたたび感謝の気持ちでいっぱいになりました。
ありがとうございました。

2009年10月02日

●レプリカもんの、安土桃山城

10月になり、今年も衣替え。
季節は夏からすっかり秋に変わりましたね~・・と、言いたいところですが、
いまだに夏布団に、扇風機を廻して寝ております。

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撮影者 : 匡平 2006年秋~2007年春頃 安土城実寸大レプリカ
                         ( 伊勢・安土桃山文化村にて )

現在公開中の邦画「火天の城」にて描かれている、織田信長公が築城された
安土城の天主閣ですが、( 信長公に言わせると、天守閣ではなくて天主閣 )
残念ながら本能寺の変の後に焼失してしまっており、詳細な記録はほとんど
残っておらず、城址は史跡に指定されておりますが、その場所への再建は
認められておりません。

本写真の天守閣は、宮上茂隆氏の安土城天守復元案を忠実に再現された
民間施設の 伊勢・安土桃山村 内に建てられたレプリカ建築物です。

でもレプリカと言って直にバカにするのは、浅はかな考えかも知れません。
現在日本国内の各城跡に建っているお城のほとんどはレプリカでして、現存
する天守閣は僅か12城しかありません。
城によっては、もともと天守閣が無かった城なのにイメージで作られた城も
あるぐらいですから。

実はこの写真、当初、匡平のPCに"広島"なるフォルダ名で、厳島神社などを
撮した写真と一緒に整理されておりました。
「でも、広島に安土城なんてあったっけ?」と不思議に思い、他の写真も一緒に
調べてみたところ、当時は伊勢戦国時代村でしたが運営会社が変わって、今は
伊勢・安土桃山村 の名前のテーマパーク内に建てられたレプリカ建築物と
判明しました。

こういうフォルダ整理、実に匡平らしいですわ。

2009年09月30日

●最近、読んだ雑誌

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普通、一般的には"最近読んだ本"って書くのでしょうが、読書する文化に乏しい
自分の場合は"最近、読んだ雑誌"が正しい表現、と言う事で本日は最近読んだ
雑誌の報告です。

まず左奥の" 戦国武将ぴあ "、これは城巡りが好きだった匡平の為でも有ります
が、同じく城巡りが好きな自分用に買いました。
既に49日法要も終え、月が変わり落ち着いたら城巡りに出かけようと思います。
自分が鮎の撮影に夢中になっていた時に匡平に異変があっただけに、今はまだ
水中で写真を写す気分はなれませんので、しばらくは建物の写真撮影の勉強を
しようと思ってます。

前列左の曹洞宗の本は、毎日読んでるお経の意味が知りたくて購入しました。
因みにこの本には読教されてるCDも付属されてるので、ipodに落として練習を
する教材にしております。

そのとなりは先日紹介しました携帯電話での無料ゲーム、 ケータイ国盗り合戦
ガイドブック。
" 戦国武将ぴあ " と共に、匡平の仏前にお供えしてあります。

後列右は、当ブログでも何度か紹介しましたマリンアクアリストの最新号。
今回は、ぢろー先生のオーストラリアの生物報告が掲載されてました。

そして最後に雑誌と紹介するのは失礼ですが、前列右側ウミウシの新しい図鑑。
従来のウミウシの図鑑と違って、写真・プラス・イラストが載っており、種の同定を
するポイントが書いてあるのが特徴で、種によっては綺麗に撮影する方法なども
書いてあり、これからウミウシを極めようと言うダイバーにお勧めです。

すでに1ヶ月以上、久しく当ブログで生物報告を書いておりません。
やはりまだ撮影する気持ちに慣れないのが原因ですが、図鑑だけは新しいのを
見つけると、つい、amazonでクリックしてしまっております。

2009年09月28日

●見習う方

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隣の家の猫、きゅうちゃん

隣の家の猫のきゅうちゃんですが、我が家はテリトリーらしくて当たり前の様に
我が家の敷地でくつろいでおります。
この写真の時は長男の自転車の前で、まったりしてました。
長男は仕事に行ってるはずなのに自転車が有ると言う事は、どうやら匡平の
自転車で通勤に出かけたみたいです。
匡平の自転車は、いつの間にか長男の自転車になったみたいです。

さて話しは変わりまして、先週の土曜日にデジカメを拾って届けていただいた
方にお礼に行き、拾われた時の詳しい状況を聞いてきました。

その川にはその方は年に数度は遊びに行かれるようでして、拾われた8月14日は
最初は上流で遊ばれていて、途中から拾われたところで潜ってられたそうです。

潜り初めて水中に沈んでいるのを見つけられ、最初は使い捨ての水中カメラと
思われたそうですが、ひろって確かめると普通のデジカメと判り、その場所に
着いた時に既におられて先に帰られたダイバーの忘れ物と思ったそうですが、
何か連絡が出来ないかと思っても何も確認する物が無くて、普通に使えるので
反対に拾ってラッキーと思ったそうです。

確かに自分も、そう言う状況でしたら、間違いなくそう思います。

しかし陸上にあげてハウジングが乾いてくると無数の傷が浮き出てきて、これは
もっと前に紛失された物と思って、撮されている写真を確認されたそうです。
そして最後に撮されていた写真の日付が、約1週間前にNEWSで知った遭難事故の
日付と同じだと判り、デジカメの水中プロテクタに貼ってあった かじきあん
ステッカーを頼りにWebで調べられ、NEWSには載って無くても、ひょっとしたら
事故された方がその時に無くされたのではと思って届けてくれたそうです。

匡平が助けられた10分後には上流のダムの放水があって、もの凄い水量でした
ので、デジカメはどこか遠い海に流された物と思っていました。
しかし1週間後に偶然にも海まで行かない下流で拾われて、しかもその方が凄く
良い人だったおかげで自分達の手元に届き、これは奇跡としか思えません。
その方には、どれだけ感謝しても感謝仕切れません。
世の中、まだまだ良い人はいますね~♪

今は考えられませんが、もしも今後自分がダイバーに復帰したとして、カメラを
拾った時には、傷の付き具合を観察して行動しようと思います。
見習う方が、またひとり増えました。

2009年09月26日

●昨日は、なな七日

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撮影者 : 匡平 2007年10月 岐阜城

昨日は、なな七日でした。

先日の日曜日に49日法要は終えてますが、昨日のなな七日が本来の満中陰。
仏教の教えによると、昨日までに匡平は新たな命を授かり、遅くても今日からは
新しい人生を歩み始めた事と思います。

先週の金曜日までは、毎週七日参りでお坊さんに来て頂いてましたが、昨日は
既に49日法要を終えているので、なな七日とは言え、このところ自分の毎朝の
日課の読教を読み上げて、その後、我が家の子として最後の日なので、匡平の
ケータイを持って、匡平が国宝4城の内で撮った写真を残してない、残るひとつの
彦根城に行って来ました。

行く道中では、 ケータイ国盗り合戦 で匡平がまだ領土にしていなかった国を
支配したりして、ついでに長浜城も見てきました。
本当は、今、旬の石田三成の佐和山城跡に行きたかったのですが、今の車の
ナビでは場所が判らず、駐車場もないらしいので今回は諦めましたが、ケータイ
ゲーム上での匡平の領土は、昨日だけで4国と2城増えましたのできっと満足を
してると思います。

さて今日から、余所のお家の子として新たな人生を歩み始める匡平には、

*今度の新しい人生では、短命でなく長く生きること。
*我家でのずう~っと狭かった部屋での人生ではなくて、広い部屋を与えてくれる
 お金持ちのおうちの子供になること。
*そして何よりも、我家よりもっともっと素晴らしいおうちに生まれること。

父親として、愛する息子匡平への最後の教訓です。
自分の言う事を聞いて、次も素敵な人生に成れることと願います。

2009年09月25日

●天国からの伝言

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撮影者 : 匡平 2008年8月22日 郡上八幡城

奇跡は、続きました。
昨日の夕方、 ダイビング・ショップ かじきあん から連絡があって、デジカメを
届けていただいた方の連絡先のメモが有ったそうです。

昨日は連絡先も告げずに立ち去ったと聞いていたのに何故? と言った疑問を
いだく前に、その方に連絡してみました。

その方も、ダイバーでした。
匡平の事故の事をNEWSで見てご存じだった様ですが、あの日の一週間ぐらい
あとにその川の下流で潜っていて、深みに沈んでるコンデジを見つけられて、
ひょっとしたらと思って届けてくれたらしいです。

岐阜県にお住まいの方ですが、その川にはちょくちょく潜りに行ってるそうで、
わざわざ名古屋まで届けに来てくれたそうですが、自分が真相をお話しすると、
そう言う事ならやはり届けてよかったですと、おっしゃられてました。

世の中には、まだまだ良い人がいっぱい居ますね。
匡平は天国に行っても、いい人に巡り会えたみたいです。

でもやはり、その方がおっしゃるには連絡先は伝えなかったのに、なぜ判ったん
でしょうねと不思議がってました。
かじきあん には、携帯の番号と名前のメモ書きがあったそうですが。

とりあえず、近日中に女房とお礼に行ってきます。

2009年09月24日

●奇跡~♪、コンデジが戻ってきました。

匡平が行方不明になった時に貸していて、その後、出てこなかったコンデジが、
自分がいつもお世話になっている ダイビング・ショップ かじきあん に、先日、
善意ある方から届けられ、手元に戻ってきました。

水中プロテクタに かじきあん のステッカーが貼ってあったので、 かじきあん
忘れ物と思われ届けてくれたようですが、名前も住所も告げられずに、すぐに
帰られたそうなので、残念ながら、いつどこで拾われたのかも聞く事ができず
判りません。

もしも奇跡的に当ブログをごらんになられたなら、心よりお礼を申し上げたいと
思いますので、是非、ご一報願います。

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そのコンデジですが、写真の様に水中用プロテクタの表面は傷だらけでしたが、
カメラはちゃんと生きてましたので、画像を確かめてみると当日の写真が 3枚
残ってました。
よくもこんなに傷だらけになりながら、水没しなかったものです。

当日に自分が映そうとした時は、水中プロテクタが結露し曇ってて使えなかった
ので、間違いなく3枚とも匡平が撮した写真です。
当時、あれだけ多くの人達の捜索でも見つからなかったのに、見つかって手元に
戻ってきたのは、とっても不思議です。

きっと匡平がどうしても自分に返したくて、奇跡をおこしてくれたんだと
思います。

ありがとう~♪、匡平。
やっぱり良い子だよ、君は。

2009年09月22日

●ロビン君と100人の友達

匡平は自分と一緒の血をひいてたせいか、プラモデルを作る事や、REGO等が
好きで、キャラクター物の小さなフィギュアをチョコチョコ飾る事も好きでした。

その中でも、この数年、特に気に入ってたのが、これ。

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知らない方も多いかも知れませんが、 ロビン君と100人の友達 と言います。

前列右側から2人目の、髪がみどりい子が主人公のロビン君で、その右縁の
グレーのフードを被った子はライアン君で、ロビン君の左隣の髪の毛の色が
赤とオレンジの子がピーター君。

匡平がPCやケータイの待ち受け画面に使っていたので、以前匡平に聞いて
自分が名前まで知っていたはこの3人だけで、他の97人の友達とか、どこで
このキャラ物が売ってるのかなど、知りませんでした。

葬祭場に居る時に、匡平が持っていた写真の画像のロビン君とピーター君の
フィギュアを匡平の側に飾ってあげていたら、友人の方から、大高のイオンの
ガチャガチャで匡平が買っていたと教えて頂けました。
そのロビン君とピーター君は、匡平が天国に行っちゃう時に一緒に持たせて
あげたので、葬儀後に大高のイオンに買いに行ってみましたが、やはり以前の
事にてもう売ってませんでした。

その後、webサイトで調べてみると、アミューズメントの景品等にも使われてて、
現在販売してるのはちょっと大きいソフビ人形みたいです。
やはり匡平が集めていたガチャのフィギュアを、仏前に飾ってあげたいと思い、
結局、匡平が持っていたガチャシリーズ第3弾の6体プラス、シークレット1体の
合計7体セットをネットオークションで購入し、昨日仏前に飾ってあげました。

天国で気に入ってくれてると良いのですが。

2009年09月20日

●49日法要 (萬中陰法要)

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撮影者 : 匡平 2006年3月 国宝犬山城

正確には、なな七日の 9月25日が匡平の49日になりますが、法要はちょっと
早めと言うならわしで、本日20日に49日法要を営みました。

既に自分の父母、女房の父は亡くなっておりますので、自分の兄姉、女房の
母、弟とそれぞれの家族と我が家3名の極めて近親者だけで営みましたが、
これからの世代は兄弟が少ないので、この様に49日法要や各年忌法要などは
少ない人数での催しになるんでしょうね。

さてその49日法要も初体験にて、いろいろと勉強させていただきました。
まぁ近い親族が集まって、お坊さんのお経の後に食事して、引物をお渡しし
解散ぐらいは知ってましたが、知らない事も有りました。

その中のひとつが、"忌明けの餅"というものです。
49日法要では大きな丸餅1個と、48個の小さな丸餅を供えるそうで、それらを
"忌明けの餅"と呼ぶそうです。
49個の数は中陰の49日間を表すんだろうなぐらいは思いましたが、大きな餅は
人の5体を、小さな48個の餅は人の大小骨を表しており、新しい仏さんはその
力餅を食べて元気に浄土へ旅立つそうです。

また、萬中陰までに家族が読み上げるお経を"中陰勤行"と呼ぶことを 先日
当ブログにて書きましたが、萬中陰後は読み上げるお経の内容が変わります。

基本的に、開経偈(かいきょうげ)、般若心経(はんにゃしんぎょう)、
修証義(しゅうしょうぎ)、普回向(ふえこう)を読教する事は変わりませんが、
修証義に関しては、萬中陰までは5つある章を、に七日~み七日は第1章、
み七日~よ七日までは第2章と言う風に、1週間で1章ずつですが、萬中陰の
後は毎月1日、6日、11日、16日、21日、26日は第1章、その各翌日は第2章
と言う風に、毎日1章ごと読んで5日間で一回り読むことになります。

但し、同じ曹洞宗でも地方やお寺さんによって、内容は異なりますので
これはあくまでも我家がお世話になるお寺さんでの方法と、ご認識願います。

2009年09月18日

●お仏壇の開眼式

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撮影者 : 匡平 2008年9月27日 国宝松本城

本日は、む七日参りにお坊さんに来て頂き、その後、お仏壇の開眼式を施して
いただきました。

仏壇は洋間に置くことを考えて、伝統ある形の仏壇ではなく、最近の家具調の
形にしました。
もちろん仏壇を買うのは初めての事ですし、開眼式の作法も全く判りませんが、
事前に仏壇を購入したお店の方達や、お坊さんにお教えいただき、そつなく
終えることが出来ました。

一般的には、葬儀が終わってから49日法要までは白木の御位牌とお骨は祭壇に
まつって、49日法要後に白木のお位牌はお寺さんに納めさせていただき、漆塗の
新しい位牌をお仏壇に安置するそうでして、我が家もそれに合わせて仏壇を
購入しました。
因みに、49日法要まで使う祭壇は、実家の地方では初盆とかで再び使いますが、
こちらでは49日法要までの一回限りしか使わないそうなので、今回は購入せずに
レンタルさせていただきました。

お仏壇の置き方としては、お仏壇を南に面した部屋で南向きに置く南面北座説、
お仏壇を東向きに置いてお仏壇に拝めば、同時に西方浄土を拝められるという
西方浄土説、そしてその宗派の本山の方角を背にして置いて、お仏壇に拝めば
本山を拝められるという本山中心説などが有るそうですが、我が家では一階で
南に面している居間に、南面北座説でおきました。

なのでこれから匡平は、毎日居間に布団を敷いて寝てる自分と一緒の部屋で
寝る事になりますので、自分のいびきがうるさくて文句を言われそうです。
匡平は睡眠中は歯ぎしりをしており、壁ひとつ隔てていても聞こえてましたが
もう聞くことは出来ないので、自分のいびきだけ聞いて、きっとうるさく思う
ことでしょう。

さてお仏壇の形は家具調ですが、内側の装飾は曹洞宗のまつり方に準じました。
仏壇の真ん中にご本尊のお釈迦様の仏像をお祭りし、右側には高祖承陽大師
道元禅師様を描かれた掛け軸を、左側には太祖常済瑩山禅師様を描かれた
掛け軸を配しまして、「一仏両祖」の三尊仏形式としてまつります。

参考までにこのまつり方は、Webで調べてみると結構書かれてますので、
曹洞宗としては一般的なまつり方の様ですが、実家のまつり方と異なる様に
思え、今度、実家に帰ったときにでも確認してきます。

そして本日のお仏壇の開眼式ですが。
お仏壇の開眼式とは仏様の新築祝いになるらしく、紅白のお餅を飾り、紅白の
和ろうそくを用いて、日頃お坊さんにお渡しする黒白の水引の御布施と異なり、
紅白の水引の御布施になります。
めでたい催しになるんだそうです。

男の子とは言え匡平には結婚式の費用を出せて上げられなかっ分、お葬式には
お金をかけてあげたつもりです。
一度も外に出て暮らした事もありませんでしたから、家を買ってあげる事も
出来ませんでしたが、お仏壇と言う家を買ってあげれたんだと思います。

もっとも、このお仏壇には、自分達残された家族もいつかは同居しますので、
反対に匡平に買って貰ったのかも知れません。
二男なのでいつかは外に出てゆき、お仏壇もお墓も別になるところでしたが、
これでお仏壇もお墓も、家族全員が一緒に成ることになりました。

なんだかんだ言っても、匡平は家族から離れたくなかったのかも知れませんね。

2009年09月16日

●この夏、匡平がおしえてくれた事 その5

当ブログでも過去に書かせて頂きました様に、自分は今、巷で流行の歴女には
負けますが、戦国好きの歴オヤジです。
職種柄、平日の休日もありますので、一人でよく史跡巡りに出かけます。

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撮影者 : 匡平 2008年8月18日 国宝姫路城

匡平も自分と一緒でお城や古い寺など史跡が好きで、友達といったり、時には
一人で出かけて、写真をいっぱい撮ってました。
残念ながら、自分は土日の休日はいつも海へ行ってましたので、お互い同じ物が
好きでも、土日休みの匡平と一緒に行くことが無かったのですが、落ち着いたら
匡平の分まで史跡巡りをして匡平に報告しようと思ってます。

葬儀も終わって、匡平が高校生の頃から使っていた携帯電話に届くメルマガや、
お金がかかるマイメニューを消そうとしてたところ、パスワードがわからず、
解約できないブックマークしてるサイトが有り、どうしようか悩んでいたました。

そうしていたところ。葬儀後に自宅にお参りに来ていただいた匡平の会社の
お友達の方から、匡平と2人でやってたケータイゲームがあったんですと教えて
いただいたのですが、それが自分が解約を試みたサイトだったんです。

それは無料で遊べる ケータイ国盗り合戦 と言うゲームでして、携帯電話のGPS
機能を使って、携帯電話が移動した現在地を戦国時代の地名にて領土にしていく
ゲームです。
7月の父の葬儀後、匡平と2人で自宅に帰ってきた女房が、そう言えば、東名阪の
四日市近辺で、「ちっとも獲れん」って匡平が携帯電話を触りながら言っていた
そうで、たぶんそのゲームの事だったんだしょう。

と言う事で、匡平がまだ獲ってない領地に自分が仕事や遊びで行く時には、匡平の
携帯電話を持って行ってあげて、そのままゲームを続けてあげる事にしました。

勿論、歴オヤジ、且つゲーマーの自分が参戦したのは言うまでもありません。

2009年09月14日

●匡平の愛車

本日は月曜日ですが、我が家に仏壇が届きますので休日を頂戴し、朝から
仏壇を置くところの大掃除でした。

さて匡平は大学時代にバイクで事故をしてから、女房のお古の車に乗って
いて、約2年前に初めて自分で車を選んで新車を買いました。
ボード好きな彼らしく、撥水機能のシートが標準装備のN社の4WDです。

20090909baa.jpg

大学を卒業し社会人になってまだ1年あまりでしたから貯金もほとんど無くて、
安いグレートで我慢し、バックモニターは無く、後部座席の窓ガラス、リア
ガラスはスモーク仕様じゃありませんでした。

7月初旬に父の見舞いに家族4人で匡平の車で出かけた時に、「何でいま時の
車でスモークガラスじゃ無いの?」って、家族全員でからかってたものですが、
匡平はかなり気に入っていた様でして、土日の休日しか乗らないのに2年間で
24,000Kmも走ってました。

そんな匡平がとても気に入ってた車ですが、残された家族は全員自分の車が
ある為、寂しいですがどこかへ売却しようかと思っていたところ、嬉しい事に
匡平の幼なじみが引き取ってくれる事となり、先日手続きが済んで引き取られて
いきました。

この冬にボートへ行く時も、匡平も一緒に連れて行ってくれるそうですので、
全く知らない人に渡るよりは、匡平も嬉しいかと思います。
「 勝手に人の車、売るなよ!! 」って、怒ってるかも知れませんが、家ローンは
まだ未完債でしたので、強くは言えないでしょう、きっと。

家ローンで思い出しましたが、そう言えば高校生の時にバイク買うのに貸した
お金は、まだ 1円も返して貰ってなかったです。

忘れてた~!!

2009年09月12日

●いい写真

今年も、モンツァでのF-1イタリアグランプリが始まりました。
世界各国で催されるF-1グランプリの中で、モナコ、スパ、モンツァ、鈴鹿、
シンガポール等が好きなグランプリレースですが、ティフォシー ( 熱狂的な
フェラーリファンの事 ) の自分としては、その中でもこのモンツァこそが
最高のグランプリレースなんです。

さて話し変わりまして、匡平は突然の事でしたからやはり遺影に悩みました。

匡平の幼稚園の頃からのお友達が、一週間前にBBQをした時に撮した写真を
持って来てくれたり ( 匡平が最後に写った写真 )、幼児の頃からの幼なじみや、
高校生の頃から、大学生の頃から、社会人になってからの各お友達からや、
匡平がお世話になった会社からなど、たくさんの画像を頂戴しました。

しかしネクタイを締めた写真はほとんど無くて、お通夜からお葬式にかけては、
2種類の写真が使えると言う事で、悩んだ結果、会社の入社直前のネクタイを
締めた写真のボディに、半年程前に撮した顔を合成した物と、最後のBBQの
時に写っている写真を使いました。

ご多聞にもれず、自分も女房も双方の写真にピンときません。

女房としては、「 匡平はいつも5年前のバイクでの事故を悔やんでたから、
その時の顔面骨折する前の写真にしたい」と言ってましたが、適切な写真が
無かったんです。

匡平はバイクの事故で顔面陥没の重傷を負い、当時最先端の医療技術により
両目尻に10mmの傷跡を残すだけで、顔面の骨を修正する為に7枚のチタンの
板がボルト留めされました。
ほぼ事故前の顔立ちに治りましたが、やはり若干、顔立ちは変わりました。
なので、どうしても事故前の顔に戻りたかったとは思います。

ですが、やはり持っているべき方は、匡平のいい写真を持っておりました。
お通夜の夜にその方から見せて頂いた写真が、本日の写真です。

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大学1年の時にお付き合いを始めて直ぐの頃にその方が撮した写真だそうで、
もちろん事故する前の、今より男前だった頃の写真です。

その方には匡平が事故で入院してる時に、昼間の付き添いを女房に変わって
貰ったり、退院以降も様子をみてて、「いつか結婚してくれるといいね」と
女房と話してたのですが、残念ながら約2年ほど前に別れたと匡平から聞いて
残念に思ってました。

遺品の整理で匡平の入院日記がみつかり、その方の存在こそが匡平が事故の
治療の辛さに耐える源だったことが書いてありました。
残念ながらと言うか、当たり前の事ですが、父母と兄の家族よりも影響は
大きかったようです。
 
今回の事では女房と、「知らせてあげたいけど、止めておこうね」と連絡は
しませんでしたが、同じ大学だった事もあり人伝いに伝わった様でして、
お通夜の前日に斎場に訪れていただき、実は半年間ほどの空白はあったけど、
月に一回程度は会っていましたと教えて頂きました。

一部のお友達には、「今年の初めぐらいから再び会うようになった」と伝えて
いた様ですが、匡平のPCには、去年もちょくちょく会っていて一緒に撮した
写真が残ってました。
結局は、8年近くも良い関係だったみたいです。

先日の初月命日の夜にも我が家に来て頂き、匡平と撮した沢さんの写真を
頂戴しました。
やはり誰でも愛している方と一緒に居る時が良い顔をしてる様でして、遺影に
使いたかった写真がいっぱいありました。

短かい人生でしたですが、素晴らしい友達だけでなく愛する人にも恵まれてた
良き人生だった様です。

2009年09月10日

●お参りの帰り道に

仏教の世界では、人間は亡くなると49日までには新たな命に産まれ変わると
言われますが、匡平はどうなんでしょうか?

感性が優れた方は亡くなった人の気配を感じたりするそうですが、残念ながら
Newタイプでは無い自分は、一度だけ玄関の鍵が開く音がした様な気がした
だけで、匡平が暮らしていた隣の部屋からいつも聞こえていた音など、気配を
感じる事ができません。

とても友達が多かった匡平ですから、仕事に行かなくて良くなった分自由を
満喫し、毎日、友達の家を遊び巡って居るのでしょうか?

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先日の匡平のお参りの帰り道に、「そう言えばあの時、行かんかったね~」って
話しになり、お昼ご飯は松坂市で食べてきました。

7月初旬に父の見舞いに家族4人で匡平の車で出かけた時に、久々に家族4人で
そろって出かけたから、帰り道に松坂牛を食べて帰ろうかって話しになったん
ですが、牛肉料理専門店では肉が食べられない女房は辛いよって事で、結局、
サービスエリアのレストランで長男は松坂牛の焼き肉定食を、匡平は松坂牛の
牛丼を食べました。

そんな事を思い出しながら、匡平が天国に行っちゃった現場を長男は初めて見た
帰り道なので、きっと気分も落ちているだろうから元気づけてやろうと、某松坂牛
料理の有名店で、松坂牛のステーキ235gを食べてきました。

やはり良い肉は、おいしいですね。
匡平のおかげで、帰り道のランチはとってもおいしい物が食べられました。

「おれは、食っとらんて!!」って、天国で怒ってるかも知れませんが。
匡平、ありがとう~♪

2009年09月08日

●あれから1ヶ月

先日のブログをアップした翌日、突然、自分のノートPCの無線LANの接続が
駄目になりました。
他の家族は問題ないのに、何故か自分のだけ。
やはりあんな写真を公開したので、匡平が早速、仕返ししたんでしょうね。

月日が経つのは早い物で、匡平が天国へ行っちゃってから1ヶ月が経ちました。
今日は初めての月命日と言う事で、匡平が天国に行っちゃった現地にあれから
初めて、長男と二人で行って線香を手向けてきました。

女房は田舎の山や川の風景を見るだけでも辛いそうで、留守番でした。

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現場からの帰り道に、あまりにも良い天気で綺麗だったので、撮った写真です。
あの日も、昼間はこのくらい良い天気でした。

長男は初めて現地に行きましたが、どう思ったんでしょうか。

なんだかんだ言いながらも仲がいい兄弟でしたので、表には出しませんが
きっと彼は、相当、深く悲しんでいることと思います。
5年前に匡平がバイクで事故した時には、すぐに病院に駆けつけ匡平の姿を
見て、病室から離れたところで「匡平がかわいそうすぎる」と言って泣いて
ました。
そんな弟思いの彼ですから、悲しみはかなり深いものと思います。

そんな事を匡平も知っていた様でして、匡平の遺品を整理してたらその事故で
入院していた時に匡平が書いてた日記が見つかり、「自分の為に泣いてくれた
兄ちゃんには、とっても感謝してる」って書いてありました。

日頃は長男に対して、「おにい」と読んでいて、兄に尊敬してる態度ではなく、
まるで対等の立場の様な振る舞いをしていた匡平でしたが、陰では「兄ちゃん」
と尊敬していたみたいです。
そんな長男の弟への愛情を知っていながら、兄への感謝をなかなか表に出さない
匡平でした。

今思えば、ごく普通の生活の毎日でしたが、優しい子供2人に恵まれて家族4人で
幸せな毎日でした。
当たり前の毎日と思ってましたが、本当に幸せな毎日だったと今になって気づき、
そんな事に感謝出来なかった事に後悔しております。

そんな風だから、親として肝心な時に匡平の異変に気づかなかったんだと思い、
日頃から毎日の幸せに感謝していれば、もっと注意してあげれたかもしれないと
後悔しております。

しかし、やっぱり神様なんて世の中には居ない様ですね。
まじめに頑張って働いて、人様に何も迷惑かけずに家族に幸せを与えてくれてた
匡平の命を、たった25歳の若さで奪ってしまうなんて。

今までは初詣に行かないだけでしたが、自分は死ぬまで絶対に神社にお参りには
行かないと思います。

2009年09月06日

●この夏、匡平がおしえてくれた事 その4

結局、先日のエアコンの故障は単なるリモコンの故障でした。

きっと、匡平が最後の時に自分が淡水生物の撮影に夢中で、近くに居ながら
異変に気づいて助けてあげられなかった事に対して、匡平が怒って悪さを
したんだと思います。
お通夜の前日にも、自分が匡平が行方不明になった時から60時間ぶりについ
寝てしまったら、静岡が震源地の大きな地震で起こされました。
多分、あれもきっと匡平の怒りです。

なので本日は、匡平が最も嫌がるであろう写真を仕返しで公開してやります。

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匡平が、2歳半の時の画像です。
日頃から女の子みたいに可愛い匡平に、近所の匡平の幼なじみの女の子の
服を借りて着せて、嫌がる匡平を女房がなだめすかして撮った画像です。
どう見ても、可愛い女の子でしょ。
でも、これ以来、二度とスカートは履いてくれませんでした。(当たり前ですが)

さて先日も書かせていただきました金融機関の解約の時に、疑問に思う事が
他にも有りました。

それは戸籍謄本なんですが、現在、市役所、区役所などで交付される物は
平成6年法務省令第51号附則第2条第1項により電子化されたもので、もちろん
匡平の産まれた事から、亡くなった事まで記載されており、自分、女房、長男、
そして匡平の家族4人全員が記載されてますので、例え、278円であれど匡平の
遺産相続人の自分と、匡平との家族構成が全て証明されております。
「これは戸籍に記録されている事項の全部を証明した書面である」との区長の
お言葉も入ってます。

しかし金融機関では、これは国が勝手に法改正でなく省令で複写した物なので
駄目と言われ、もともと産まれた時に記述された原戸籍謄本でないと駄目と
言うんです。
なので匡平の場合は、産まれた頃に記述された原戸籍謄本と、亡くなった事が
記述された現行の戸籍謄本の2種類が必要になるんです。

亡くなった時の記述は原戸籍謄本にある訳が無く、産まれた事しか書いてない
原戸籍謄本より、産まれた時と無くなった事の両方が記述してある現行の戸籍
謄本の方が効率的だとは、この人達は考えないんでしょうね。

よく世間の方達は「役人はとか、公務員はとか」言われますが、とんでもない、
こんな非効率的で馬鹿なルールを決めた金融機関の方が、よっぽとお上ですよ。
無駄な紙を無くす事もCO削減になるって事、知らないんでしょうか?

これも、この夏、匡平が教えてくれた世の中の矛盾点のひとつでした。

しかし、こんな写真を公開してしまいましたので、匡平は今度はどんな意地悪で
仕返しをしてくるんでしょうか?
楽しみです~♪

2009年09月03日

●こんな時に、エアコンが壊れるとは

匡平のドタバタ騒ぎが収まった頃、いつの間にかセミの声が聞こえないと
思ってましたが、夜は涼しくなってきたのに秋の虫の声が聞こえません。

今年の夏は、やはり変な夏ですね。

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撮影者 : 匡平 2009年1月11日 25歳の誕生日に撮影

我が家は、ちびっ子建てのお家です。
先日も書きましたが長男と奥さんは2階に部屋がありますが、匡平と自分は
1階のそれぞれの部屋で寝てました。
匡平の部屋は、彼が学生の時には友達の間で噂になったと言う2畳の部屋、
そして自分は、小さな我が家の中で一番広いリビングを部屋としており、
今は匡平の祭壇の横で、十数年ぶりに毎晩一緒に寝ております。

ところが昨夜、その部屋のエアコンが壊れました。
今年の夏は涼しく、寝るときはエアコンがなくても大丈夫ですが、明日の
金曜日は、よ七日にて、七日参りにお坊さんがいらっしゃいます。

この暑さの中でエアコンなしでのお経は大変かと。
明日中に業者の方が直してくれる事を、祈るばかりです。

2009年09月01日

●この夏、匡平がおしえてくれた事 その3

このところ匡平が撮していた写真を、勝手に彼のPCから抜き出してきて使って
おりますが、きっと匡平の事ですから「勝手に使わんといて」って怒ってる事と
思います。

でも自分は意地悪なので、自分や女房より先に天国に旅立ってしまうと言う様な
意地悪をした匡平に、意地悪返しでしばらくは勝手に載せようと思っております。

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撮影者 : 匡平 2009年3月29日 豊川稲荷にて

この7月に父の葬儀を体験し、曹洞宗の葬儀関連のだいたいの流れは知ってた
つもりでしたが、実家と名古屋での地域による違いと、初めて体験する喪主と
言う事で、色々と知らなかった事をたくさん勉強させられました。

そのひとつが、葬儀後の七日七日のお参りです。
今まで葬儀後の35日法要とか、49日法要を何も意味を考えず出席させていた
だいておりました。
もっとも、これは親族でも近親者で営むものですから、なかなか出席させて
いただく機会が少なかった事もありますし、ただ昔からの風習だろうな程度の
考えでおりました。

最近はそうされないお家も多いらしいですが、亡くなってから7日毎に自宅に
お坊さんが来ていただいて、お経をあげて貰います。
匡平の場合は土曜日に亡くなり、初七日は葬儀後に営んでもらってますから、
翌々週の金曜日が"ふた七日"、その翌週の金曜日が"み七日"と、その後金曜日
毎に、"よ七日"、"ご七日(35日)"、"む七日"と続き、なの七日が49日となります。
亡くなってから49日までを中陰と呼ぶそうで、それで49日の事を満中陰と
呼ぶのだそうです。

そんな事、ここに書かなくても知ってる方が多いのかも知れませんが、ここ
10年以上は初もうですら行かない無神無宗教者の自分ですから、聞くこと
なす事、全て勉強なんです。

曹洞宗では、人はひとつの命が終わって、次の命を得るまでの期間が長くても
49日らしく、七日参り毎にお坊さんが"開経偈"、"摩訶般若波羅蜜多心経" と、
最後に"普回向"を唱えていただきますが、途中にもうひとつ、"修証義" と言う
お経を一巻ずつ読んでいただきます。

そして次の七日参りまで家族が毎日、"開経偈"、"摩訶般若波羅蜜多心経"と 、
最後に"普回向"を、そしてその週の修証義の巻を読む事を"中陰勤行"と言い
その行為が、匡平の冥福を念じる事だそうです。

と言うことで、そんな初もうですら行かない自分が毎日、上記のお経を唱えて
おり、匡平が今より更に男前で生まれ変わっていく事を祈っております。

これも、この夏、匡平がおしえてくれた事でした。

2009年08月30日

●この夏、匡平がおしえてくれた事 その2

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撮影者 : 匡平 2009年1月10日 金沢にて

皆さんのお陰で無事に葬儀関連を営み終えて、まず取りかかったのは遺品の
整理でした。

携帯電話やPCメールは今後の連絡などを考え、当面の間は契約はそのままに
しておくつもりですが、クレジットカードや預金口座は本人がもう使用しない
以上、速やかに解約の手続きをする事が正しい事かと思い、辛い気持ちを抑え
解約を進めました。

その為にはクレジットカード、預金通帳、印鑑などが必要ですが、クレジット
カードは契約時に郵送されてきた用紙とカードが、自宅の机や財布の中から
全て出て来ましたので、各カード会社のインフォセンターに連絡し、その後に
送付されてきた書類に記入、捺印し返送して終了。
各社によって若干の違いは有れど、実に簡素で的確な解約方法でした。

しかし預金に関する各金融機関に於いては、やはり金額の大小があっても遺産
相続になる為、各預金口座の解約は手間がかかり、解約方法が各金融機関で
異なっており面倒でした。

実は匡平自身は大学卒業後に新卒で某信用金庫様に入庫し、外回りの営業職を
約3年4ヶ月勤めてましたが、その間に3度転勤になっており、その都度に転勤に
なった支店で預金通帳を作ってました。
これは業務上、きっと必要だったんでしょうね。

しかしこれらの通帳は今後の色々な手続き上、当面の間は凍結はせずに1冊の
通帳にまとめ、自分が相続人として使用できる様に手続きを進めて貰って、
残る某メガバンク、某都市銀行、郵便局の各口座は解約手続きをしました。

と言うことで、解約手続きは某メガバンクから。
さすがメガバンクです、窓口で受付ではなく遺族の心情に配慮されておられ、
個室みたいなところで解約手続きと遺産相続用の書類が渡されて、TV電話を
使って説明をされます。
そして次回、説明された書類に記入捺印し、匡平の産まれた時から死亡までの
連続した戸籍謄本、相続人である自分の印鑑証明、解約する預金通帳と、
キャッシュカードを持参すれば、解約と相続の手続きが完了です。

しかしそう言った説明方法は素晴らしかったのですが、通帳に記帳されてる
アルファベットでの省略語のクレジット会社名を、「次回の引き落とし期日の
前に連絡をして、事前に支払いしておきたいので、クレジット会社名を教えて
下さい。」と尋ねると「調べるのには時間がかかりますし、本日通帳の凍結を
させていただきましたので、次回の引き落としは出来ない為、カード会社から
必ず連絡がありますので大丈夫ですよ」と返答されました。

「子供の名誉の為にも、そんないい加減な事は嫌なので」と言ってもこちらの
気持ちは全く伝わらなくて、顧客の気持ちを理解しようとしない、全く残念な
銀行員の対応でした。

自分は匡平の名誉を傷つけずに支払いを綺麗に終えたい訳で「引き落としが
出来ませんでした」などと言う不名誉な事になりたくないだけなのに。
残念ですが、この某メガバンクにはそんな自分の気持ちは伝わらなかった
様でした。

続いて某都市銀行ですが、こちらもどうなんでしょうね?
最初の受付時に、「戸籍謄本や印鑑証明などと書類による手続きが必要に
なります。」と説明されたので、「全て持参してきてます」と答えてみると
「こちらでしばらくお待ち下さい」と言われ、再び窓口に呼ばれていくと
「今回は、書類などの手続きは不要で解約をさせていただきました」と
言われました。
通帳にもすでに、停止のはんこが押されてます。

残高が僅か数百円だったせいなのか、ろくに説明も無く適当な銀行でした
この銀行は仕事で別の支店を利用させていただいてますが、以前から窓口
スタッフの接客のスキルが低くて、異なる業種ではありますが、我が社の
各店舗の接客窓口ではそうならない様、事例の参考にさせていただいて
おりましたが、その支店だけでなく全ての支店の窓口スタッフのスキルが
低レベルみたいですね。

そして最後は郵便局です。
こちらも僅か数百円の残高なので、「お金だけ卸してほかっておいたら」と
思う方もいる様ですが、自分は匡平が今まで生きてきた時に行ってきた物事を
綺麗に終えてあげたくて、面倒でも解約と相続の手続きを進めております。

郵便局の方の説明はすごく丁寧でしたが、もっとも面倒な方法でした。
まず手続きの申し込みに行き、受け付けていただくと後日自宅に記入の必要な
書類が届き、それに記入し捺印して、匡平の産まれた時から死亡迄の連続した
戸籍謄本、相続人全員の印鑑証明を持参し、そして更に後日、郵便局の預金の
管理をされてる担当部署から、払戻し金の請求書が自宅に届き、再度郵便局に
行かなければなりません。
つまり、最低でも三度は郵便局に行く必要が有るわけです。

しかし金融機関によって、方法や添付書類がこうもバラバラとは?
この夏、匡平が教えてくれた事の、ひとつでした。

2009年08月28日

●共通点

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撮影者 : 匡平 2008年8月18日 奈良東大寺

匡平と自分とは、趣味や嗜好が似てました。
ともに、休日は家に居るより外が好き。
だけど家に居る時は、TVゲームと漫画好き。
長男と奥さんは2階に部屋がありますが、匡平と自分は1階で、車で出かける時も
匡平と自分は前の席( つまり運転要員 )で、長男と奥さんは後ろの座席。

匡平が小さな頃から毎年夏には、虫が苦手な奥さんを家に残して、長男と3人で
毎週の様に海や川へ出かけており、昼ご飯はBBQが定番でした。
行けない分、奥さんは毎回、BBQの具材の下準備をばっちりしてくれてました。
そんなことも有ってか、大人になってからの匡平はかなりのBBQ好きでした。

成長し大きくなると長男が奥さんに似たのか虫が苦手になり、匡平と2人で海や
川に出かける事が増えました。
そんな自然をフィールドにした遊び以外でも、匡平と長男が小学生の頃には毎年
必ず家族で行ってたデイズニーランドに、当初は家族全員で行く計画だったはず
なのに、理由は忘れましたが2人だけで行ったこともありました。

匡平が高校生の頃に彼はスノーボードに出会い、自分はダイビングに出会って
枝葉は分かれましたが、ともに休日は自宅に居ない生活になっていきました。

昨年の夏前、そんな彼に自分は不要になった nikon D100をあげました。
それまでは以前にあげた、オリンパスの古いコンデジC3040で彼は腕を磨いて
いた様でして、上の写真がD100をあげた直後に撮した写真です。

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撮影者 : manboon 2008年6月4日

そしてこれは偶然にも、匡平が撮影した約2ヶ月前に自分が撮した同じ奈良の
東大寺です。
自分も匡平も歴史有る建築物が好きで、古くて大きなお寺さんや城を撮す事が
好きだったんです。

自分はデジイチ歴が7年になりますが、負けました!!

マクロな生物写真撮影なら負けない自信は有りますが、自然な構図が何よりも
全てのワイド撮影では、匡平は自分より感性がかなり優れていた様です。

なのに匡平は自分が持ってる、日頃はレンズ庫の肥やしと化してるフィッシュ
アイレンズや、ワイドレンズを全く使わずに、「そのうち写真が上手くなったら、
借りて撮すよ」って言って、至って普通のズームレンズだけで撮っていたのが、
今になってはとても残念です。

2009年08月26日

●今年の父の日には

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撮影者 : 匡平 2009年7月11日 紀伊長島にて

今年の父の日、産まれて初めて匡平から父の日のプレゼントを貰いました。

彼が社会人になって初めてのボーナスの時には腕時計とか、他にも色々と
記念日にプレゼントは貰ってましたが、父の日には初めて。
奥さんは今まで毎年、母の日のプレゼントを貰っていましたが、自分への
父の日のプレゼントは今年が初めてでした。

「本当は、何か欲しいモン有るの?」
と、父の日のプレゼントを渡されながら聞かれ、自分がちょうどフェラーリの
模型を組み立てている時だったので、「フェラーリか、孫」って答えた覚えが
あります。

プレゼントの品はパワーストーンのストラップで、いつまでも元気で居てとの
メッセージが込められており、とっても嬉しい気分で 「 いつも身につけてる
為に、携帯に付ける事にするよ 」 って言って、それから携帯に付けてますが
今回の件で、これから一生外せない携帯ストラップになってしまいました。

2009年08月24日

●この夏、匡平がおしえてくれた事

従来の様な生物の事はまだ書けませんが、久々にちょっと書いてみる気が
出ましたので、最近の出来事を書いてみます。

ただコメント返信するまでの気力は有りませんので、生意気な事を申して
申し訳ございませんが、コメントの書き込みはご遠慮願います。

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撮影者 : 匡平 2009年7月20日 佐久島にて

仏壇やお墓は、長男と匡平が買ってくれる物と思っていた我が家ですので、
先日の匡平の突然の出来事では、まずはお寺さんで四苦八苦しました。

もともと二男である自分の実家は曹洞宗なので、まずお願いした葬祭場に
曹洞宗で自分達が希望する日程で、受けていただけるお寺さんを紹介して
いただきお願いしてみたところ、「まず実家のお寺さん、すなわち自分の本家が
檀家となっているお寺さんに、ひと言連絡して下さい」とのこと。

「へっ?、なんで」と思いながらも、連絡してみて判りました。

曹洞宗がそうであって、他の宗派では異なるかも知れませんが、自分の様に
本家の跡継ぎでない新家の場合、本家が檀家になってるお寺さんが新家の
お寺さんの優先権が有るそうで、例えば自分の様に実家から遠方に住んで
いる新家がお寺さんを決めるのには、本家のお寺さんの許可がいるそうです。

と言うことで今回は突然の事ゆえバタバタのまま、通夜、葬儀、初七日迄は
自分が住んでる近くの曹洞宗のお寺さんが、実家が檀家のお寺さんの代理と
して受けていただき、その後は自分と、実家のお寺さんと話して決めることで
進めていただきました。

結局、遠方と言う理由で押し通して、今後、我が家は今回お世話になった
自宅近くにある曹洞宗のお寺さんにお世話になる事で落ち着きましたが、
今の時代に顧客希望が第一優先で無く、お寺さんのルールを第一優先として
物事を進める姿勢に、800年近い曹洞宗の伝統を守り続けていく奥深さを
感じました。

この夏、匡平が教えてくれた最初の出来事でした。

2009年08月19日

●自慢の息子、橋本匡平

早い物で、あの日から10日が過ぎ、ようやく人前でボロボロ涙を流す事が少なく
なってきました。
この10日間で、人生でいちばん泣きました。
きっと子供の頃の、弱虫だった時よりも泣いていたと思います。

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実は今月の8日、自分が愛していた家族のひとり、二男の匡平(きょうへい)が、
僅か25歳の若さで永眠しました。

自分と2人して、8日に渓流で遊んでいた時に行方不明となり、当日深夜までの
捜索で見つからず、翌日早朝から捜索の結果、8時50分に水中の狭い岩穴に
挟まれ、天国に召された姿で見つかりました。

しかし発見されても岩穴から出すのが困難を極め、上流に有るダムが降り続け
ていた雨のせいで、あと10分でダムの水を放流するという瀬戸際で、消防の方、
消防団の方、警察の方達が頑張ってくれたおかげで、綺麗な顔で引き上げて
いただけました。
あと少し遅ければ、放流された大水に流されていってしまう所でした。

彼は幼少の頃からスイミングスクールに通い、もともと海や川で遊ぶ事が
大好きで、中学生ぐらいまでは毎年、夏は何度も一緒に渓流にテナガエビや
魚捕りに行っており、今回は彼が高校生の頃に一緒に行って以来、一緒に
出かけた川遊びでした。
25歳になっても、父親と一緒に遊んでくれる優しい子供でした。

先日、当ブログにライフジャケットを着けたままでの水遊びの事で、偉そ~に
自分の子供への教育方法を書いたばかりでしたが、そのくせ自分は何も出来て
なかった様で、偉そうに書いた罰が当たったのかも知れません。

いつもなら朝は起こしてもなかなか起きてこない匡平が、当日はすっと起き、
移動中の車の中ではお笑い系のDVDを見ながら、2人して大笑いしながら出かけ、
現地に着くなり自分の分までお湯を沸かしてくれて、カップラーメン食べたら、
虫取り用のタモを持って、すっ飛んでエビ取りに行きました。

そして「これじゃあ~捕れんわ~」と言いながら、一度戻ってきて、タモを置き
モリを持って、再び楽しそうに行ってしまいました。
そんな楽しそうな姿が、最後の姿でした。

そんな姿の思い出と、最後には綺麗な顔をしたまま家族の元に戻ってきてくれた
事を良かったと、今では思う様にしております。

遺影を作ろうと匡平の写真を見返してみると、いつも笑顔の写真ばかりで、
常に笑顔の絶えない本当に良い子でした。

お通夜とお葬式には、彼の幼なじみ、小中学校時代の友達などや、高校生の時、
大学生の時、そして社会人になってからの友達など、友達だけで約200名もの
多くの方がお集まりいただき、短いながらも多くの友達に恵まれた幸せな人生
だったと思います。
自分が例え今、死んだとして、とてもこんなに沢さんの友達を集める事は
出来ません。

当ブログに彼の事を書こうか、書こまいかと悩みましたが、我家にはこんなに
幸せを運んでくれてた良い子供がいた事を、皆さんに自慢したくて書きました。

これが今、自分がブログを更新していない理由だったんです。
久しく当ブログを更新しておりませんが、毎日、閲覧していただいている
カウンター数を見ては、申し訳なく思っておりました。

しかし残念ながら、まだ従来の様に毎日更新する気持ちにはなれませんので、
まだしばらく休載させていただきます。
申し訳ございません。

あとコメントも、今はまだ返事が書ける様な心境では有りませんので、どうか
差し控えていただく様、お願い申し上げます。

2009年08月10日

●休載のご連絡にて

大変申し訳ありません。

悲しい出来事がありましたので、一ヶ月ほど休載させていただきます。

2009年08月04日

●シュノーケル

     20090804raa.jpg
      写真は本文と全く関係ありません、ただのイメージです。

普通のファンダイビングではシュノーケルは安全の為、必需品になってますが、
テクニカルダイビングでは、体から飛び出ていて障害物へ引っかかる危険性の
ある物と考えられ、不要なものとされてます。

なので自分もテクニカルダイビングを始めてから、シュノーケルは不要物となり、
普通のファンダイビングをしてても付けないようになってしまいました。

そんな中、先日、川で淡水生物の撮影をしようと思い、必要なシュノーケルを
探したところ、見つかりません。
いつも使わなくても、ダイビング器財のバッグに入れていたはずなんですが、
見あたりません。

結局、今回は何とか借りることで助かりましたが、常に使わない物でも時には
無くてはならない物だけに、大切に保管する様に改心いたします。

でも、どこにいっちゃったんでしょう~

2009年07月23日

●車も、地デジ化

昨日の名古屋は、曇り時々雨。

10時30分頃に屋外で仕事の打ち合わせをしていた自分は、曇り空が幸い
してか、日食サングラス無しで三日月(三日太陽?)型に変形していく太陽を
観察出来ました。

20090723aaa.jpg


その後、移動中の車の中で、NHKの硫黄島からの皆既日食のLive中継を
ちらちら見てましたが、ちょっと疑問点がひとつ。

昔の純正ナビではアナログのTV放送を、走行中には見る事が出来ません
でしたが、( 実際には、色々と加工して見られるようにしてましたが ) 今の
純正ナビの地デジのTV放送は、何も加工しなくても、走行中でも見る事が
できます。

単純に、運転中に見るのは危ないから見られない様にしてるんだと思って
ましたが、何か規制とか、法律とかが変わったんでしょうか?

それとも実はそうじゃなくて、アナログ放送だと高速度で移動中に、綺麗に
受信する技術が困難だからそうしてたのか?
とにかく地デジ放送は、高速自動車道路を走行中でも綺麗に写りますし、
ワンセグと違ってフルセグメントバンドですので、画質もきめ細やかでかなり
綺麗です。

ただ地デジ放送の受信が問題無い都心部は良いのですが、ダイビングが
出来るような所では、未だに地デジエリアになっていない所が多く、早く
全国どこでも受信ができる様になって欲しいです。

しかし走行中に見る事が出来る様になったのは、何故なんでしょう?

2009年07月21日

●3連休の最終日は。

昨日も書きました様に、3連休の最終日は、実家の猿対策のラティス作り
でした。

20090720baa.jpg

20090720bab.jpg

何故、猿対策かと言うと、下側の写真の奥に写っている山に猿が住んでおり、
時々、山から下りて実家の屋根の上までやってきます。

ラティスの奥に写っている家は隣のお家ですが、自分が小学生の頃は隣の
お家の裏庭を通って裏の山に入って、友達と基地など作って遊んでました。

都会では考えられませんが、自分の田舎では隣の庭を通っても、決して
怒られないんです。
家と家の間に塀を作らずに通路にして、そのご近所の生活道路になってる
所も有るぐらいで、なので今回も隣の家との間にラティスの壁を作りましたが、
間に行き来が出来るドアも作っておきました。

で、その猿ですが、自分が山に入ってたルートを反対に通ってやってくる為、
裏庭の一部に通行止めのラティスを作ったわけです。

写真を見て判る様に、1800mmのラティス3枚と、900mmドア1枚の合計で
6300mmの長さですが、先々週の月曜と先週の土曜日の2日間で草抜きを
して、昨日ラティスを作りましたが、産まれて初めて作った割には、なかなか
上手く出来たと、我ながら感心しております。

この1週間、仕事帰りにホームセンター巡りをして、勉強した成果があった
様です。
でも残念ながら、こんな壁を作ってみても、きっと猿たちは乗り越えてやって
来るんでしょうね。
無いよりはマシとは思いますが、乗り越えれない様にラティスの上に更に
鉄条網でも作ろうかと考えております。

もうひとつ残念なことに、折角ラティス作りのノウハウを養えたと言うのに、
我が家はちびっ子建てにて大きな庭などはなく、ラティスは不要な家でした。

2009年07月20日

●昨日は

3連休初日の一昨日は、午後から先週に引き続き実家の草抜きを敢行し
やっと草抜きが完了しました。

そして中日の昨日は・・・

20090719baa.jpg20090719bab.jpg

ほぼ一日かけて、こんな物を作りました。

何かというと、実家のお風呂は灯油のボイラーでお湯を沸かすタイプでして、
これはその灯油タンクの保護カバーを作ったんです。

灯油はタンクの上から入れる為、上部は開く様になっておりまして、右側の
写真が、その上部のふたをあけた写真です。

もともと亡き父が作った保護カバーが有りましたが、年月による風化にて
老朽化が激しく、この夏の台風の激しさ次第ではいつ吹き飛んでも不思議
ではない状態でしたので、作り直しました。

最終日の本日は、猿対策のラティス作りです。

2009年07月19日

●進化してますね、ナビ

20090719aaa.jpg

自分の社用車は、いつも3年~5年のリース契約で車種を変更しておりますが、
このところH社とT社の車を交互に採用していて、3台前のH社の車から純正の
ナビを使っております。

最初のH社の時は、200m以上の精度でバックモニターに写る画像は白黒だった
のが、次のT社の時には100m以上の精度でバックモニターに写る画像はカラー
画像に進化してました。

そして次のH社では50m以上の精度に上がり、更に同じナビ機能を持つH社の
ナビを使っている車の走行情報をPHS接続でデータ収集し、同じナビ機能を持つ
全H車にデータ送信して渋滞回避などに役立てる様な機能が追加されてました。
もうひとつ、HDDにCDから音楽をダウンロードが可能になり、たくさんのCDを
車に入れておく必要がなくなりました。

そして今回のT社では、どう進化してるのか?
流行物が好きなミーハーな自分は、もちろん一番高機能のナビを採用。
ここでひとつ注力しておく事は、H社ではT社ほど純正ナビの種類が無く、ほぼ
皆さんがT社の一番高機能並みのナビを買うしかありません。
別途、データ送受信用に、PHSを購入するか否かの選択のみです。

一方、T社の純正ナビは液晶の違い、性能の違いなどで種類が沢山有るだけで
なく、データ送受信用に携帯電話を使うタイプと、T社独自の通信システムである
DCMの送受信モジュール内蔵タイプがあり、選択肢が豊富です。

しかし、反対に豊富さゆえなのか、H社のナビでは当たり前だった機能を、T社で
利用する方は少ないそうでして、今回の購入前に、販売会社のセールスさんから
「Gブック、本当に必用ですか?」と、確認された次第です。

とりあえず、そう言ったコンシェルジェ的な機能は、数ヶ月使ってみないときちんと
比較が出来ませんが、数日間使った感想で言えば、各種情報のデータ送受信の
速度は思っていたより速く、使い勝手もよく、H社のナビより数段進化している様に
感じました。

さすがT社です、利用率が少ないと言っても、全体のシェアから言えば他社とは
比較にならない利用者なんでしょうね。
もっとも昨今のIT関連の進歩の早さから考えれば、5年前のH社のナビと、最新の
T社のナビと比較して劣っているハズはあり得ませんが。
因みにヘルプセンターの方達の対応も的確で、スピーディーでした。

コンシェルジェ以外の基本たるナビ機能に関しては、精度が0m以上のいわゆる
原寸大になったり、CDからのダウンロード速度が等倍速でなくて4倍速になって
たり、ハンズフリー機能はケーブルレスのBluetooth になってたり、そしてなんと
地図データの更新が、今まで使っていたH社の場合、HDDを販売店で外してもらい
2週間ほど預けて更新だったのが、T社独自の通信システムのDCMによって毎日
更新されます。

これはナビと言う物自体の、画期的な進化です。
納車時は伊勢自動車道の紀勢線の表示が大台インターまででしたが、昨日通って
みたら、3月に開通した大内山インターまで表示しました。
ナビに乗っていない道路が、なんと開通後1週間以内には表示されるそうです。

写真は、CDからダウンロード中の画面ですが、前25曲入りのアルバムが4曲目の
再生時で既に15曲ダウンロード済みな事を表しております。

ただ相変わらず、照度の明暗が昼夜間の切り替えをライト点滅と同調させており、
手動調整が出来ない事は、改善されてませんでした。
昼間の走行中にて降雨により視認性が悪くなる事による危険性を、回避する為に
ライトを付けると、同調してナビの照度が暗くなり見えにくくなってしまいます。

この問題点が未だに改善されないのは、何故なんでしょうね。
それだけが、現時点での随一の不満点です。

**********************************

この照度調整機能は自分の勘違いで、きちんと付いてました。
後日、ディーラーの方に調整方法を教えていただきました。

**********************************

次回、1ヶ月後ぐらいまでには、Gブックのコンシェルジェ面での報告をさせて
いただきたいと思っております。

2009年07月18日

●1円のノートブック

今回は、ちょっと宣伝がらみです。

20090720aaa.jpg
PCに写っている画像はイメージです、本PCには関係ありません。
今から約35年前に発売されたシングルレコードのジャケット写真です。

7月の初めに、最近流行のノートブックを手にしました。

7月1日から docomoの定額データ料金の体系が変更になり、7.2Mbpsの
速度での定額料金で、毎月の支払い代金が、23,825パケット迄の通信量なら
¥1,000-で、それ以上なら、どれだけ使っても¥5,985-と言う新しいプランが
できました。
但し、データ通信のみの単独契約で、24ヶ月以上の契約が必用です。

そこで我社では、この7月の目玉商品として、写真の右に写っているデータ通信
専用のFOMAと、写真に写っているノートブックPCをセットで 1円で販売する事と
なり、自分も我社の運営する店舗の販売協力にと、ムリクリ買わされました。

ところがこのノートブック、セットで1円の商品なのに、OSは使い慣れたXPで、
HDDは160GB、メモリは1GBなので結構使えます。
無線LAN対応になので、あえてFOMAで繋がなくても、家庭内の無線LANや
マクドナルドの様な無線スポットであれば無線LANで繋げて、何も接続方法が
ない時だけFOMAで繋げれば、へたすりゃ毎月¥1,000-でいけそうです。

使い方次第では、24ヶ月間、毎月¥1,000-払いでノートブックPCが手に入る
事となり、結構、いい買い物かも知れません。
と言う事で、意外やスタッフに好評にて、スタッフや家族の方にも売れてます。

今まで自分はパラオ等の海外や、国内でも海に行く時は、いつも重たいB5の
ノートPCを持って行ってましたが、これからは軽いノートブックPCを持って行く
事ができ、これからは手荷物が軽く出来そうです。

因みにメーカーは日本エイサー社、写真は8.2インチのモデルですが既に完売に
なってしまい、今では10.1インチのモデルで価格は同じ 1 円です。
色は4色ありますが、残念ながら選択できません。

欲しい方は、ご一報下さい。

2009年07月17日

●お台場のガンダム

お台場の等身大ガンダムが、話題になっておりますが。

そんな報道を見て思い出したのですが、昨年末頃に雑誌の「ガンダムA」で
申し込んだ、シャアさんのフィギィアが4月頃に届いていたのに、今までずっと
ほったらかしのままでした。

IMG_6063aaa.jpg

封を開けてみたら、出てきたのがこれです。

初代ガンダムの真面目なシャア大佐と言うより、上記の雑誌に掲載されてる
「機動戦士ガンダムさん」 に出てくる、おバカキャラのシャアさん。
上の写真を見て、赤ではなくて、肌色なんだ~と思った方。
実はお尻に付いたファンネルが、赤く光るんです。
ちょっと判りにくい写真で、ごめんなさい。

えっ、なんで?
お尻にファンネルが?

って思った方は、「機動戦士ガンダムさん」を読んでみて下さいね。

2009年07月16日

●なぜか、今年は・・・

IMG_3286aaa.jpg

予定通りであれば今頃はパラオの某安ホテルで、明日からのこんな景色でも
創造しながら、デジイチを 2台セッテイングしていたはずでしたが、残念ながら
明日もお仕事。
よぉ~く考えてみると、去年の秋頃からダイビングにツキがありません。

11月初旬、シェルドライスーツの、かかと部分のクラック損傷。
11月下旬、潜航ミスにて中耳炎で、1ヶ月半のダイビング禁止令。

1月初旬、パラオにて、バラオに置いてあるレギュ損傷。

2月初旬、黄金崎ビーチにて、エア切れにて疲れ果てる。

3月中旬、1月に購入したばかりのライト、FIXLED1000が初期不良で修理。

4月中旬、100本程しか潜っていない、スペアのドライが両膝に亀裂入りと、
      その他、3ヶ所のピーホールで水没。

5月中旬、3月に修理したばかりのライト、FIXLED1000が、今度は水没。
5月下旬、3年ほど使っているライト FIXLED48が、内部電機基盤の腐食が
       原因による故障修理。

6月中旬、5月に購入したばかりのダイコン、ナイテックトリオが行方不明。
6月下旬、アンティスの45度外付けファインダーが水没。 

7月初旬、7月中旬からのパラオ合宿の中止と、8月下旬迄のダイビングの
自粛の決定。

他にも、細かな事では、テック用の腕に付けるスレートのペン紛失や、長年に
渡って使ってきたウェイトベルトの寿命、テックダイブ用のソフトが入ったPCが
壊れた為にソフトの再購入など、いったい修理にどれだけお金を使ったやら。

まぁ、適度に保険も使わせていただきましたが、購入ではなくて修理と言う
出費は痛い物でして、とりあえず、パラオ-日本間のエアーチケット代金は、
次回に繰り越し可能だったのは、救いでした。

ビバ、コンチ♪

2009年07月15日

●ドラクエ新作

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先日、一週間ぶりに自宅に戻ってみると、しっかりと発売日に届いてました。

おかしいな?
amazon で買うゲームソフトは、たいてい発売日の翌日に届くんですが、
今回に限って、発売日当日とは。

ただ、いつもなら届いてから数週間は、毎晩、深夜遅くまでヤリ込んでしまって、
眠れない日々が続く事になりますが、流石に今回ばかりは封を開けただけで、
未だ主人公の設定すらしておりません。

今年の7月は、悲しい出来事があったり、新しい社用車が届いたり、更に新しい
ドラクエが届いたりと、やることいっぱいで大変です。

「気がついたら、今年の夏が終わってた。」

なぁ~んて事は無い様に、気をつけたいと思います。

2009年07月14日

●やっぱり、使えんディーラー

個人的に悲しい出来事にて、当ブログの更新を休ませていただいてましたが、
実家での急ぎの片づけも本日で目処が付き、約1週間振りに自宅に戻って
参りました。

と言う事で本日から当ブログを再開させていただきますが、やはり喪が明ける
までは、こんな自分でも潜る事を控えさせていただきますので、しばらくの間は
以前に撮した画像での報告になる事をお許し願います。

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以前から当ブログに書いてました、納期遅れの自分の社用車が先週末にやっと
納車されました。

しかし納車当日は、あいにく自分は慶弔休暇とあり、昨日ようよう会社で受け取り、
本日、実家の駐車場でGブックなるものを動かそうとしたところ、現在の状態では
登録が出来ませんと表示されました。

カスタマーサービスまで連絡しなくちゃ使えないって事なので、はぁ~なんでぇ~と
思いつつも連絡をしたところ、原因は販売ディーラーが、お客に引き渡す前に必ず
初期登録をしなくてはならない書類が、車の中から全て未記入のまま出てきて、
販売ディーラーが手配を忘れてた為と判明しました。

納期は約束より1ヶ月も遅れるし、代車の手配も間に合わないし、やっとまともに
納車されたと思ったら、Gブックの登録漏れと、ほんとに使えんディーラーですわ。

会社としても、また個人的にも、次は絶対に取引をしない決意が固まりました。

2009年07月07日

●休載のお知らせ

大変申し訳ありませんが、諸事情にて
しばらく休載させていただきます。

2009年07月03日

●憂歌団

久々に音楽のお話しを。

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最近、憂歌団 ( ユウカダン ) のベストもののCD、「プレミアム・ベスト 憂歌団 」が
発売されました。( 写真右 )

もともとベストもんが数々発売されているバンドなので、特に目新しいCDでは
有りませんが、久々に発売されたCDにて、何か新しいもんでも入ってるかと
自分の様なおバカが、レコード会社の戦略にひっかかって購入してしまいます。

憂歌団とは、「ブルース・バンド」の邦訳のバンド名にて、メンバーの大半が在学
していた大阪市立工芸高校の文化祭で結成され、1975年10月にシングルの
「おそうじオバチャン」でメジャーデビューを果たしますが、差別的内容の理由で、
わずか1週間ほどで放送禁止になってしまいます。

しかし。その後11月に発売されたアルバム「憂歌団」が大好評。
結局、1998年に冬眠宣言にて活動休止するまで、合計17枚のアルバムを
発表しており、1988年に発表されたアルバム「BLUE'S」が最大のヒット作です。

ただ自分的には、1983年にフォーライフレコードへ移籍するまでのトリオレコード
ショーボートレーベル時代が好きで、それ以降に発売されたアルバムは購入して
おりません。

特に好きなのは、写真左の1977年に3枚目のアルパムとして発売されたライブ
収録のアルバム「生聞59分 」。
すっとぼけた木村のMCや、客席からの暖かいヤジなど、当時のほのぼのとした
ライブ模様が伝わってきます。

自分の中では、生涯ベスト10のひとつと思われる傑作ですので、ブルースに
興味有る方は、是非、ご一聴してみて下さい。

2009年06月28日

●広島、食べ尽くし

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昨日の夜は、広島名物のお好み焼きを食べ、 今日は遅めの朝ごはんに、
厳島神社近くで穴子丼を食べ、昼飯は広島名物の、廣島つけ麺を。

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さて夜は、何食べようかな?

2009年05月21日

●暑い~!!

昨日は朝から外回りでしたが・・・暑かった。

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2日続けて、我が社用車のオデ蔵のメーターですが
朝一から直行で外回り、15時頃に会社に着いて車に付いてる温度計を
見ると外気温度は 33度です。

今年も、暑い名古屋がやってきました。

2009年05月20日

●100,000km

先日、オイル交換をした時に気づいてから気にしてましたが、昨夜会社からの
帰り道の途中に

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おっ、99,999km。
そして少し走ったら、当たり前の事ですが、

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100,000kmになりました。

実はこの我が社用車のオデ蔵、来月の初旬に5年間のリース終了となりまして
お別れする事が決まっております。

オデ蔵の前の社用車は、3年間で100,000km。
更にその前の社用車は、5年間で190,000kmと、オデ蔵は一番走ってない事に
なりますが、産まれて初めて柏島へ一緒に行ったオデ蔵。

春~秋はシャコ短に、冬にはスタッドレス使用にと、久々に年中触ってた車と
あって、なかなか思い出深い車です。

あと1ヶ月もありませんが、残る日々を毎日声をかけてあげながら楽しんで
走っていたいと思います。

2009年05月12日

●SAS ( 睡眠時無呼吸症候群 )

会議中とか運転中に深い眠気に襲われるとか、いびきをよくかくとか、また
「睡眠中に呼吸が止まってる」などと言われた覚えがある方は、ひょっとしたら
自分と同じで、SAS ( 睡眠時無呼吸症候群 ) かも知れません。

そんな方の為に、今回は自分の体験談を報告させていただきます。

昨年11月に耳を悪くし治療に通院した耳鼻科さんで、睡眠時無呼吸症候群の
疑いがあると指摘され、確かに過去に家族から「睡眠中に呼吸が止まってる」
と言われた事もあるので、検査を受けることにしました。

検査の進め方は各医療機関によって異なる様でして、2日間ほどの入院をして
睡眠時状態の測定をする方法と、測定機械を貸して頂いて自宅で測定する各
方法がありますが、自分の場合は後者で自宅で測定しました。
因みに費用は、入院するところでは約10万円ぐらいするらしいですが、自分の
場合は自宅治療と言う事で、保険適用もでき4千円程度でした。

ただ検査費用が安いだけに人気の様でして、11月に測定機械の貸出の予約を
して、借りられたのは約2ヶ月後の1月20日頃でした。

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写真を撮り忘れましたので、メーカーのHPより画像を借用しちゃいましたが、
自分が睡眠時無呼吸症候群の測定用に借りた機械「アプノモニタ」がこれです。

アプノモニタ本体から出ている3本の各ケーブルは、指に付けるセンサーと、
鼻の穴に付けるセンサー、喉仏あたりの喉に付けるセンサーに繋がっており、
それらの各センサーを付け、飲酒した夜と飲酒しない夜の2つのパターンで、
計2晩測定し、一週間後ぐらいに詳細結果がでました。

結果は、1時間あたりの無呼吸/低呼吸指数が50回以上の重度の睡眠時無呼吸
症候群との事で、治療法としてはCPAPによる治療を進められました。
睡眠時に無呼吸状態が続くと、睡眠時に酸素欠乏状態が続き、高血圧症や
心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病を合併し安くなり、放置すると生命に
影響を及ぼすことがあります

そもそもいびきとは、睡眠時に舌が口の中で垂れ下がり、喉と共鳴する事で
発生しますが、それがひどいと気道が塞がれて呼吸が止まる事になります。

そこでCPAPと言う機械で強制的に鼻に空気を送りこみ、そうなると口を閉じて
ないと呼吸が苦しくなるので、自然に常に口を閉じている状態となり、更に気道に
常に空気が流れる為、舌が垂れ下がらなくなって、いびきをしなくなり、無呼吸
状態が無くなります。

以前は、外科手術を施して喉の穴径を大きくする等の治療方法もあったそう
ですが、100%完治するものでは無いので、現在ではCPAPによる治療が
主流だそうです。

しかしCPAPと言う機械は欧米では一般的に販売してますが、残念ながら
日本では医師の診断の元に許可されて使用できる医療器具とされ、現在では
医師の処方箋がないと入手できませんし、しかもほぼレンタルのみにて購入
するのは困難です。

レンタル料は医師の診察料も含めて、中度以上の睡眠時無呼吸症候群の場合
( 1時間あたりの無呼吸/低呼吸指数が20回以上) は、CPAPの使用に健康
保険が適用されますので、自己負担が3割負担の方で月に約5000円弱程度と
なりますが、軽度の方は健康保険は適用されませんので月に約12000円ほども
掛かるそうです。

また中度以上の方でも健康保険の適用を受けるには、毎月必ず医師の診察を
受けることが必要です。

と言う事で自分はCPAPによる治療方法を選択して、医師の方にレンタルを
申し込んだ所、早速、その日の内に医療機器メーカーの人から連絡があり、
使用方法の説明を受け、CPAP治療が始まりました。

cpap001.jpg

最初に貸して頂いたのは、上の画像のオートタイプのCPAP。
簡単に言えば、鼻に専用のマスクを付けCPAP本体から送られてくる空気を
吸って睡眠します。
送りこまれる空気量は、呼吸量の変化に応じて空気量を変化させるオート
タイブと、呼吸量の変化に関係なく常に設定した一定の空気量を送りこむ
固定式の2種類が有り、オートタイプは測定値を記録する能力も有る事から、
自分の場合はまずオートタイプを使用して、必用な空気量を測定算出して
その後は固定式で治療していくことになりました。

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そしてこの画像が、オートタイプで必用な空気量を測定算出後から現在も
使用している、固定タイブのCPAPです。
オートタイプと比較して大きさが 2/3程度ですので、旅先などへ持って行く
のも楽です。

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参考までに、このヘッドギアみたいなので鼻マスクを装着します。

それでCPAPでの治療を始めてからの変化を報告しますと、まず始めて使った
翌日は、いつもより短時間の睡眠で目が覚めました。
無呼吸状態が無くなり熟睡した事で、目覚めもすっきりしてました。
ただ慣れない物を付けて寝たせいか、寝返りがしずらかったのか首が少し
痛かったのですが、今では慣れて問題有りません。

また日中の眠気もすっかり無くなり、先月にCPAPを付けた状態で、再度、
アプノモニタを使って測定したところ、CPAP使用前は1時間あたりの無呼吸/
低呼吸指数が50回以上だったのが、2回に減りました。

と良いことづくめですが、CPAP治療と言っても睡眠時の無呼吸を抑制する
だけで、治す物では有りません。
治すには痩せる事がいち番らしく、おデブな自分には耳が痛い話しです。

以上、睡眠時無呼吸症候群の恐れが有る方の参考に成れば、幸いです。

2009年05月04日

●the Fame / Lady GAGA

さて今回は久しぶりに音楽のお話しを。
今年自分がいち押しの、いま一番ハマってるアーティストです。

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プロモVIDEOをご覧になっただけでは、電光掲示板の様なサングラスとか奇抜な
変わった衣装ばかりで、いかにもちょっとお馬鹿なお姉さん風なんですが、でも
本当はかなりの実力者。
13歳の時に作曲を始め、昨年F-1ワールドチャンピオンのルイス・ハミルトンの
彼女としても有名なニコール・シャージンガーのプッシーキャット・ドールズに
楽曲を提供しプロデュースもされてます。

小さな頃から、皆をあっと言わせる服ばかり好んでいたとは言われてますが、
それは芸術家の気質からなのか、はたまた事務所側の売り込み戦略なのか。

昨年10月に本国アメリカで、アルバムデビュー。
その後、この春には、デビューシングルとアルバムが全米とUKで共に1位に輝き、
更に2ndシングルも、ローカルなお話しながら、我が名古屋のZIP-FMでは、
このところ2週連続1位となってます。

アルバム全曲を聴かれると判りますが、既にシングルカットされたのとは違って、
なかなか聴かせるヴォーカル指向の曲もあって、かなり歌も上手い。
簡単に言うと、マドンナ+ブリトニー+アギレラ ÷ 3って、ところですかね。

いま自分が聞いてるのはアメリカ発売の輸入版ですが、やっと日本でも5月20日に
発売されます。
シングルカットされたら、ヒットしそうな曲がまだまだ沢さん入ってますよ。
是非、お訊きあれ。

2009年04月12日

●あっという間でした。

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あっという間に2日間のダイビングも終了して、帰り道。

約半年ぶりなので、いつものパターンの展望台で写真を写して
四万十川のウナギを食べて、芋ケンピ買って帰ります。

早くも、柏島に戻りたい気分が沸いてます。

2009年04月11日

●今週末は、柏島♪

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今週末は、約半年ぶりに柏島にやってきました。
高速料金の減額のおかげで、 かじきあん の柏島ツアーも還元値下げ。
有りがたいことです~♪

自分は爆睡していて気づきませんでしたが、半年ぶりに来てみると、
高速道路は延びてるは、途中のバイパス道路も完成しているはと、
昨年の第二名神の開通も含めると、以前より1時間30分ほど移動時間が
短くなりました。

過去に3月と5月は潜った事はありましたが、4月は初めて潜りましたが、
海の中はベラ、キンチャクダイ、フグ等の仲間で、夏場は深い震度に
棲息している生物達が浅めに上がってきており、やはり柏島はすごいです。

写真は未だ何も確認しておりませんが、来週半ばぐらいから報告させて
いただきます。

2009年04月03日

●センゴク

先日、当ブログで浦沢直樹先生の「PLUTO」を紹介させて頂きましたが、
もうひとつここ数年、自分が大好きなコミックが、宮下英樹先生が描いて
られる「センゴク」です。

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これは豊臣秀吉公の家臣として実在した千石秀久 ( 通称、権兵衛 ) を
主人公として、尾張三大英傑の織田信長公、豊臣秀吉公、徳川家康公
だけでなく、武田信玄公や数々の戦国時代の武将を描くノンフィクション
コミックであり、現在は織田信長軍と、信玄公の後を継いだ武田勝頼軍
との戦いから、「センゴク天正記」のタイトルにて、講談社発刊ののヤング
マガジンに掲載されておられます。

本作品が面白いところは、従来から語り継がれてきた内容に添って描く
のでは無く、現代の歴史研究家による新しい推測内容で描かれている事。
例えば、桶狭間の戦いは山を駆け下りての奇襲ではなく、偶然に今川
義元公の本体と正面衝突で戦われたとか、秀吉公の親指は2本あった
とか。

多少のカムフラージュや誇大した解釈はあるものの、NHKの大河ドラマの
時代劇とはまた違ったおもしろさがあります。

その、「センゴク天正記」ですが、織田軍対武田軍の話しが終わり、次に
上杉軍との戦いの話しになってまいりました。
既にNHKの大作時代劇の「天地人」では、その戦いは放送済みですが、
果たして宮下英樹先生は、直江兼続公を、どの様に描かれるのか楽しみな
ところです。

2009年03月31日

●『スター・ウォーズ クローン・ウォーズTV』

昨年夏に公開された3Dアニメ映画、『スター・ウォーズ クローン・ウォーズ』の
続きを描かれたTV版が、やっと今夜からNHKハイビジョンで放送されます。

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実写版『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』から 『スター・ウォーズ
エピソード3/シスの復讐』までの間の3年間に渡るクローン戦争を描いた物にて、
アメリカのアニメ専門チャンネルのカートゥーン ネットワークでは、3Dアニメ映画の
続きを、昨年秋からTV放映されておりましたが、残念ながら日本のカートゥーン
ネットワークでは放送されておりませんでした。

しかしとうとう本日から、NHKのBSハイビジョン・チャンネルにて、毎週火曜日の
午後19時00分~25分の時間帯で22話まで放送されます。

本日は月末なので、仕事の終了は日付けが変わる時間帯になります。
残念ながら生放送は見られませんが、帰宅後に録画を見るのが楽しみです。
アソーカがアナキンを、「すかぴょん」と呼ぶ事は、そのままだと良いのですが。

2009年01月13日

●短期合宿、終了

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楽しい冬の短期合宿を無事に終えて、名古屋に戻って参りました。
これから、自宅に貯まった洗濯物を届け、着替えて出動です。

画像は、グアム空港内にあるビジネスラウンジ。
日本と違って、飲み物は多くても、お菓子はおいてなく、質素です。

2009年01月10日

●ラウンジにて

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日本脱出時に恒例の生ビーですが、今回は昨年2回のみの飛行機利用だった為
マイルが貯まっており、ビジネスにしました。

なので、いつもゴールドラウンジでなく、ビジネスラウンジから報告です。
こちらは生ビーも瓶グラスと、旨さが増しますよね~♪

2008年12月25日

●メリークリスマス

先日、あれだけ電気代が勿体ない等と書いておきながら、

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仕事で名古屋駅近くに行ったので、ついでとばかりに。

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今年も、撮してしまいました。

マイミクのまぁちんさんから、「テーマパークとかのは商売だから良いのでは」
と頂戴したコメントに、ハタッと気づいた自分は、「よ~く考えてみれば企業が
イルミネーションしてるのは広告だ、ビジネスだ」と思い直して、それだったら
「だったら、見たらんとかんがね」とばかりに、見に行ってきました。

って、JRさんすみません、本当は通りついででした。

でもやはり、例年と比べて今年は質素ですね。

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こちらは自分のお仕事バッグに付いてる、" あっがいサンタさん " です。
どちらかと言えばヤラれキャラなので、ちょっとプレゼントをくれそうには無い
サンタさんです。

でも実は、意外とガンダムにないステルス性能があるんですよ。
なので、人知れずプレゼントを置いていく能力に優れているんだと思います。

さて今年は、どんなプレゼント置いていってくれるのかな?

2008年12月23日

●またまた買ってしまった・・・・・

先日、また新しいDVDボックスが届きました。

と言っても、人生初購入のブルーレイディスクのボックスなんですが、中身が
いったい何度買えば気が済むんだって代物でして、そう、Zガンダムです。

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写真左上が最初に発売されたDVDボックス、そしてその右隣が数年前に
リテイルされて映画3部作になったDVD。
そして下側に映っているのが、今回のブルーレイディスクのボックス。

ブルーレイによって、DVDよりも画像が鮮明になった。
シャアのリックディアスの赤色が、百式の金色が、Zガンダムのトリコロール
カラーがクリエイティブな画質で見られる。

完璧に富野由悠季さんの商法に、引っかかると言うか、やられております。

と言うわけで、年末お笑い特番が多いこの時期なのに、寝る暇おしんで見て
今夜も、カミーユ、アムロ、フォウなどNEWタイプの方々の心の葛藤に感動し
涙するかと思います。

2008年12月21日

●『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』のDVD

この夏に後悔された3Dアニメ映画の、『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』の
DVDが発売されました。

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スターウォーズ・ヲタクの自分としては当然購入し、いつもなら本編のディスク1
からみるところですが、購入前から今回は特典おまけのディスク2が 見たくて
見たくて、仕方が有りませんでした。

なぜなら、実はこの特典おまけディスクにアメリカで10月3日から放送されてる
このDVD本編の続編のダイジェストが入ってるんです。

そもそも、この3Dアニメ映画は全部で100話あると言う 3Dアニメの第1話であり
第2話以降は、アメリカのカートゥーン・ネットワークのテレビアニメ・シリーズで
放映されているんですが、残念ながら日本のCSカートゥーン・ネットワークでは
まだ放映されておりません。

いちばん最初のスターウォーズ4から語り継がれている、クローン・ウォーズは
スターウォーズ2と3を繋ぐ大事なエピソード。
少しでも早く、日本のCS放送のカートゥーン・ネットワークで放映して欲しい物
です。

2008年12月11日

●EUYMO / YELLOW MAGIC ORCHESTRA

今年の夏からくびを長くして待っていた音楽が、昨日ようやく届きました。

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今の若い方達はあまり知らないかも知れませんが、1978年~1983年にかけて
日本人メンバーだけでありながら、ヨーロッパとアメリカで 2年連続のコンサート
ツアーを催したグループです。

83年に散解 ( 彼らは解散でなく、散解と言ってました。) した後、不本意ながら
92年に一度復活しましたが、やはり直ぐに活動停止、そして02年から細野晴臣と
高橋幸宏が始めたユニットの、スケッチショーのライヴに坂本龍一が参加してから
3人でのライヴ活動を、ヒューマン・オーディオ・スポンジ(HAS) のアーティスト名で
行うようになり、07年のキリン・ラガービールのCFをきっかけに、YMOとしての
活動も再開しました。

07年はHAS+YMOのHASYMOで1度だけチャリティコンサートを催し、YMOと
しても1度だけ、「LIVE EARTH~地球を救えコンサート~」に出演しており、今年
08年は、6月にとうとうYMOの名前でロンドンと、スペインのヒホンにて計2日だけ
ですが、フルコンサートを催しました。

このコンサートの詳細は、下記アドレスのサイトを参照して下さい。
 http://openers.jp/culture/cspecial/ymo.html

そして昨日12月10日に、そのコンサートを収録したCDが発売されたのです。
07年のHASYMOでのコンサートの模様は、DVD映像としてリリースされましたが、
CD化はされませんでしたので、フルコンサートのCD化は実に20数年振りです。
ロンドンと、ヒホンの各コンサートをそれぞれ2枚組のCDとして、別々に購入も
できますし、セットでも購入できます。

過去に栄光を放ったグループの再結成のほとんどが、過去の音源を再現して
いまひとつでありますが、還暦周辺の年齢の方々がメンバーののYMOであり
ながら、まったく新しいサウンドで過去のヒット曲をアレンジし、プラス 07年と、
08年にリリースされた新曲も、まさに新しいサウンドばかりです。

ちょっと興味が有る方は、是非どうぞ。

2008年11月03日

●惜しかった~

昨夜は朝の5時前まで、眠さと格闘しながらF1ブラジルGPを見ておりましたが、
世界中のティフォシーにとって、実に惜しい残念なラストでしたね。

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( 写真はF1ブラジルGPとは、全く関係有りません。 )

しかしドライバーズチャンピオンは逃しましたが、我がフェラーリのマッサは、僅か
1ポイント差で年間2位、チームメイトで昨年チャンピオンのライコネンは同ポイント
ではありますが年間3位との、ドライバー2名とも素晴らしい成績結果に加えて、
チームとしては、コンストラクターズチャンピオンは2年連続の獲得。
好不調の浮き沈みが激しかった今シーズンのフェラーリでしたが、まぁ良い成績を
残せれたとは思います。

正直なところ、ラスト10周の頃はマッサはトップでも、宿敵ハミルトンはチャンピオン
獲得圏内の5位のポジションが続いており、このままだとハミルトンがチャンピオンと
ちょっと眠くなる様な状況でした。

しかしラスト6周、突然のスコールで状況は一転。
大半のチームのマシンがタイヤ交換してピットアウトしたところ、コース上は上位と
周回遅れがゴチャゴチャになってしまい、ラスト2周、ベッテルがハミルトンを交わして
ハミルトンは6位となってからは大興奮。

しかし結果としては、最終周回の最終コーナーでタイヤ交換をしなかったトヨタの
グロックがペースダウンして、ハミルトンは5位入賞。
折角の母国GPで優勝の表彰台でも、マッサに笑顔は有りませんでした。

しかし優勝インタビューでは吹っ切れたのか、「僕は誇りを持ってインテルラゴスを
後にすることができるよ。今回も地元のファンの前で勝つことができたのだし」との
言葉と共に、ハミルトンのチャンピオン獲得をたたえておりました。

今シーズンのF1GPは終了しましたが、142日後にはメルボルンで2009年の
F1GPがスタートします。
来年こそ、マッサのドライバーズチャンピオン姿を見せて欲しい物です。

2008年10月06日

●我が社の福利厚生

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昨夜は21時~24時の時間帯に社員への福利厚生の仕事をしてました。

その内容はと言うと、昨年、営業不振で閉めた我が社が経営していたネット
ゲームカフェの跡地に新しい入居者が決まったのですが、異なる業種の
入居となった為、保管していたコミック単行本、約20,000冊の処分が急務と
なりました。

しかし盗難防止にと本に店名をマジックで書き込んでいたのが裏目となり、
一ヶ月ほど色んな業者にお願いしましたが、全て転売を断られてしまい、
結局、全て廃棄する事になり、ならば、廃棄代金の削減の為、従業員の
希望者に無料であげようと言う事に発展し、昨夜から3日間に渡る就労後の
争奪戦になりました。

しかしこの無料配布には条件があり、好きなコミック本を引き取った冊数分、
抱き合わせで強制的に同じ冊数のコミック本が付いてきますので、たぶん
なかなか持ってかないかと思ったいたのですが、結局、50名ほどのマンガ
好きが集まり、約4,000冊が初日に無くなりました。

後日、残ったコミック本から抱き合わせ分の配布が、4,000冊ありますので、
結局初日は合計8,000冊の廃棄代金の削減が出来たわけです。

昨夜でメジャーなコミックはほとんど無くなりましたが、まだまだマイナーな
コミックは残ってます。
さてさて、今夜はどうなるんでしょう。

写真は、社員と一緒に争奪戦に参加した自分の戦利品です。
希望品をゲットできた勝因は、我が社でマンガ好きな役員は自分だけだった
と言う事ですね。

2008年10月03日

●Expressions / Mariya Takeuchi

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自分が購入したわけでは有りませんが、しっかりと自分の ipodに落とさせて
頂きました。
こんな時、家族が居るのは良いことです。

3枚組の、このベストアルバム、ひととおり聞いてみて思ったことは、自分と
同世代の女性の歌う音楽として、非常に懐かしかったこと。
アレンジャーであり夫でもある山下達郎の、コーラスアレンジの素晴らしさ。

デビュー当時は、自分がシュガーベイブ時代からのファンでもある山下達郎を
はじめ、細野晴臣、松本隆、大滝詠一などの はっぴいえんど系や、加藤和彦
などの自分の好きなミュージシャン達が作詞作曲した歌が多かったせいか、
もともと好きなミュージシャンでは有りますが、改めて思ったのは、今聞いて
良いな~と思う歌は、ほとんど彼女が作詞作曲された作品ばかり。

よく不倫イメージの歌が多いと言われる彼女の歌ですが、いつもは読まない
ライナーノーツを珍しく読んでみると、もともと依頼される作品のイメージが
そう言う物が多いそうで、確かにそう言えば、自分がこれまで出席をさせて
いただいた結婚式で、どれだけ彼女のウェディングソングを聞いた事か。

しばらくは、大好きな「カムフラージュ」と、「今夜はHearty Party 」が耳から
離れそうにありません。

2008年09月21日

●『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』

夏休みが終わってから、映画館が空いた頃に見に行こうと思っていたら、
そろそろ公開が終了になると聞き、あわてて先週の平日の仕事帰りに、
3Dアニメ映画の『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』を見てきました。

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『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』から 『スター・ウォーズ
エピソード3/シスの復讐』までの間の3年間に渡るクローン戦争を描いた
物なんですが、エピソード3 が公開される前の、2003年から2004年に
かけてアメリカのアニメ専門チャンネルであるカートゥーン ネットワークで
『スター・ウォーズ クローン大戦』なる 2Dアニメ作品が放映され、DVD
でも市販されております。

この2Dアニメは、2クールに別れて放映され、第1クールはエピソード2の
4ヵ月後から始まり、第2クールはエピソード3のオープニングにつながる
パルパティーン議長誘拐事件までが描かれており、エピソード2 と
エピソード3 が繋がる話しに出来上がってましたので、今回も同じ題名の
クローンウォーズなので内容はいかにと思って期待してましたが、今回の
3D映画は後から作成されただけに、やはり?の部分がありました。

エピソード3で、やっとマスターになれたアナキンが、新キャラのアソーカを
弟子にしてますが、マスターなる前にパダワンの弟子を持てるのかとか、
他にもチラチラと?はありましたが、ジャバ・ザ・ハットの子供が可愛かったり、
キャプテンを始め、クローン・トルーパー達の人間性が描かれていたりとか
実写版の6部作とは、また違った味のある作品です。

冒頭の説明で「ジオノシスの戦いのあと・・・」とか言ってたので、内容的には
2Dアニメの第1クールと、第2クールの間のストーリーかと思いましたが、
確か2DアニメのTV放送の時に、グリーパスに傷つけられたアナキンの眼の
上下の傷が既についてるので、何とも言えません。
う~ん? いったいどの時期なんでしょうか?

まぁウワサによると、全部で100話ある 3Dアニメの第1話にあたるそうで、
第2話以降は秋からアメリカのカートゥーン・ネットワークのテレビアニメ・
シリーズとして放映されるそうなので、来年以降、日本のCS放送でのTV
放映が楽しみです。

どちらにしても、スターウォーズ・ジャンキーの自分には、とっても面白い
作品でしたよ。

2008年09月10日

●Ne-yo のNewアルバム

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以前にも書きましたが、発売日か3度も延期された Ne-yo のNewアルバムが、
やっと昨日届きました。

自身のNewアルバムよりも、他のアーテイストのプロデュースが急がしいのが
遅れた原因ですが、遅れ続けて9月11日発売なのに、9日に届いたのは??

どちらにしても、秀作揃いでしたので満足です。

隣に映っているのは、最近発刊された、山と渓谷社のハンディ図鑑シリーズの
「日本の海水魚」のハンディ本と、文一総合出版社の「日本の外来魚ガイド」。
どちらも最近の自分の愛読書です。

2008年08月09日

●チキラーのバス停

最近の名古屋市の市営バスのバス停が、かっちょよくなってます。
全てのバス停がそうではありませんが。

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と思ってたら、最近チキラーの自分にはたまらない広告に変わりました。
かわいい~♪

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裏っ側は、これまた日頃水中でお世話になってる電池君です。

で、この気になるバス停を調べてみたところ、どうやら赤字経営からの脱却を
目指す名古屋市の市営バス事業では、2年ほど前からバス停の更新、管理を
民間企業に依頼し、その企業は建設費と維持費を広告収入でまかなっている
そうです。

徐々に増えているこの かっちょええバス停は、強化ガラス作りで大型の広告
パネルの照明で歩道を明るくし、防犯効果も高めて居るそうで、こういった
広告付きバス停は、政令都市では横浜市、名古屋市、神戸市、広島市や、
福岡市などで採用されているそうですので、今後そんな都市に行った時には、
写真撮ってこようと思ってます。

新たな写真のテーマが・・・・・

2008年08月08日

●10日振りの休日

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先月末の柏島出張いらいの、10日ぶりの休日は名古屋市民は皆さん
ご存じの、 平針運転免許試験場へ来ております。

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自分が前回ここに来たのは4年前、その時は免許の更新でしたが、
今回は 先日のスピード違反の免停講習です。
前歴無しの今回の免許停止期間は30日間ですが、本日まじめに
受講すれば、 29日間短縮され、実質、たった1日の免停。

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居眠りだけが難敵です。

2008年08月05日

●朝から家庭裁判所へ

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今日は出社前に名古屋市の家庭裁判所に出廷して参りました。

家庭裁判所と言っても、日頃から家庭を放ったらかしにして 休みは海ばっかり
行ってるので、奥さんに三行半をつけられた訳では有りません。
先日、深夜にオービスで速度違反を測定され、その略式裁判に行ってきました。

19歳の時に来て以来、30年ぶりに来ましたので、何もかも珍しく興味心身~♪

旅先でのボートやバスの故障、漂流など、旅先ハプニング大大大好きの自分は、
折角なら楽しんじゃえ~っと、お気楽前向きな性格が前に出てしまい、写真を
いっぱい撮ってきましたよ。

2008年08月04日

●WE STARTED NOTHING / THE TING TINGS

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最近、はまってます。
THE TING TINGS と言う、イギリスの2人組のグループのメジャーデビュー
アルバムで WE STARTED NOTHING と言う名のアルバムです。

6月の末頃に日本版が発売しましたが、イギリスとアメリカの原版に対して
いかにも日本らしいオマケが付いてました。
そんなオリジナルを変更してしまう味付けが嫌な自分は、いつもの様に
イギリスのオリジナル版を購入しました。

価格的にも日本版の0.7掛けぐらいと、日本版よりオリジナルな輸入版が
安いのは何故なんでしょうね?

予定では、あと2~3日後に Ne-yo のNEWアルバムが届きます。
こちらもオリジナルのアメリカ版を購入しましたので、日本版より約1ヶ月
近く手元に早く届きますし、こちらも価格は安いんです。

輸入盤、バンザイです。

2008年07月23日

●やはり・・・はまってます。

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ご存じの方もいると思いますが、私こと manboonは 無類のTVゲーマーにて、
特にドラゴン・クエストシリーズは、移植物も含めて全てヤリ込んでるほどの
ドラクエ狂です。

もちろん先週末に発売された、DS版ドラクエⅤも発売日の夜は徹夜に近く、
この一週間は睡眠時間を削って楽しんでます。

巷では、ゲームソフトがネット上で落ちていて無料で遊べるのが流行ってます。
今回のDS版ドラクエⅤも、発売日前の16日あたりからネット上で拾う事が
出来ましたが、自分は我慢してお金払って正規物を買いました。

正解でした。
どうやら無法のCOPY物に対抗して、メーカーのエニックス社はCOPYガードを
設定し、ネット上に落ちてるCOPY物が正常に動かない工夫をしたそうです。

皆さん、きちんとお金払って遊びましょう。
楽しいゲームを作ってくれた人の労力に、感謝を込めてお金を払いましょう。

と言うことで、今夜も眠れない夜になりそうです。

2008年03月15日

●新しいアイテム

昨日、Nikkonの新しい60mmマイクロレンズが届きました。

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まずは、昨年秋に購入して以来、未だに水中用のハウジングが手に入らず
防湿庫の飾り物になっているD300に装着し ( 写真の右側 )、約10年前に
発売された従来の60mmマイクロレンズを、現在、水中でメインで使っている
D200に装着して外観の違いを確認しました。

従来の60mmマイクロレンズは、ハウジングのレンズポート用のギアなどが
付けっぱなしですので、ご覧の様にいかついですが、新しい60mmマイクロ
レンズは、昨日発売なのでもちろんポートもギアも販売されて無く、ノーマルの
外観です。

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正面から見ると、インナーフォーカスの為なのか、従来品に比べるとレンズ
径が小さくなってます。

実際にD300、D200と順番にそれぞれ装着して比較してみると、どちらの
カメラでも、やはり新型の方が若干、オートフォーカスは早めです。
大気中での若干の差は、海水など被写体までに障害物が有る水中では
大きな差になります。

でも、現実に水中ではどうでしょう?
とりあえず手持ちのポートで適当に使えそうな物を使って、今週末の海で
試してこようと思います。

テスト結果を、お楽しみに~♪


2008年02月10日

●ちきゅう

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いま新宮に、海底の地層の調査船、
ちきゅうが停泊してます。

2008年01月25日

●ここ数日、ご迷惑をお掛けしました。

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当ブログを、いつも閲覧していただいている方、ここ数日、当サーバーの不調にて
昔の日記しか見れなかったり、全然アクセスが出来なかったりと、大変ご迷惑を
お掛けいたしまして、誠に申し訳ございませんでした。

本日より、何とか復活をしましたので、今まで通り日記更新を再開させていただき
ます。

まずは、ここ数日、mixiで更新続けていた日記を先ほどアップさせて頂きましたが、
残念ながらカテゴリーは復活できませんでしたので、これから毎日、コツコツと
修復させていただきます。

●東京出張

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久々の東京出張です。

約15年前に現在の職に代わる前は、仕事柄、月に4~5回は東京出張が
有りましたが、今の職種では愛知県内だけでの仕事で用は足りる為、
ほとんど東京出張はありませんでした。

しかし、昨年の4月から後任に自分の職務を徐々に渡し始め、そろそろ
全てを任せられる様になったので、新たに新規事業を始める事になり、
再び暫くは出張族になりそうです。

でも、この15年間で新幹線を取り巻く環境も随分とIT化が進んでいる
様でビックリです。

2008年01月10日

●2008年1月10日 本日の街並みから

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会社への通勤路から見た、名古屋駅周辺の摩天楼です。

左から名古屋ルーセントタワー、その右隣の白いのがJR東海名古屋駅の
JRセントラルタワーズ(通称タワーズ)、TOYOTAさんのミッドランドスクエア、
2008年3月に完成予定の名古屋モード学園さんのスパイラルタワー。
通称名古屋駅前は、ここ数年、高層ビルの建設が盛んです。

それに比べて名古屋駅を挟んで西側では(通称駅裏)では、低層階ビルが
多く、少し離れた我社近隣地域では、5階建以上の高さのビルがほとんど
有りません。
なので、西側からの方が、各摩天楼が綺麗に見えますね。

2008年01月03日

●今年の正月も・・・

昨年のお正月にも書きましたが、我社のオフィスが入居しているビルの入退出の
キーボックスです。
昨年までは磁気カードタイプでしたが、昨年改装されICカードに変わりましたが、
今年も12月31日~1月3日にかけて、やはり最終退出は毎日我々でした。
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ところで話しは変わりますが、これもまた昨年のお正月に書いた事ですが、今年の
お正月も、熱田さんへの参拝客の一部の人達のマナーが悪く、平気で隣接してる
国道19号に駐車をしてます。

更にタクシー乗り場近くでは、各タクシーが駐車できないので、二重駐車をしており、
国道19号を南進して国道1号線に交わる熱田さんの南西の交差点を、東に曲がる
左折車線が完全につぶされて、仕方なく1本右側の直進車線を走行しないと左折を
する事が出来ません。
また直進車線を走っていながら、路駐をしようとして突然急ブレーキを踏み止めようと
する人もいて、危なくてしょうがない。

中には、路駐をした人達が街路樹を乗り越えられなくて歩道に入れず、そのまま
走行車線を歩いており、家族連れも多く、ご老人や小さな子供も見かけます。
子供の前で、親として恥ずかしくないんでしょうかね。
多分、そんな家の子供は大人になったら同じ事するんでしょうね、親が親ですから。

例年の事ですが、愛知県警のパトカーや警察官もいますが、何も取り締まらない。
でも、そんな国道の走行車線を歩く人を、もしも自分が車で跳ねてしまったりしたら、
悪いのはこちらになってしまいます。

そう思って、今年の2日、3日はいつもの通勤道の国道19号をさけて帰宅しました。
なんで、そんなマナーの無い人達の為に、お正月も働いている自分達が、遠慮を
しなくてはならないのか?
自分が熱田の森の神様だったら、そんなマナーの無い人達から、お賽銭をいくら
沢さん貰おうと、必ずお返しに罰を与えると思います。
熱田の森の神様、そうして下さい。
駐車したらパンクしちゃうような、そんな罰でいいですからお願いします。

まぁでも、毎日、熱田さんの隣を通って通勤しながら、熱田さんへ初詣に行かない
自分のお願いなんて、熱田さんが聞いてくれる訳は無いですけどね。

2008年01月01日

●お正月

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皆様、明けましておめでとうございます。

さて元旦の本日は、今年も例年同様、朝から正月営業の店舗の激励にお菓子を
配って、先ほどお昼過ぎにオフィスに到着。
これから、社内システムのサーバの月次更新の月初作業です。

昨日までは社内のソフト開発のスタッフも出社しておりましたが、流石に三が日は
休むらしく、本日は広い事務所で自分ひとりだけ。
と、思っていたら、そのスタッフも出勤しておりました。
お正月も休めないスタッフが我が社には沢さんおりまして、会社の発展の為に
皆さん頑張っていただき、ありがたいことです。

もしも、弊社の全部門が、お正月が休業であれば、自分が担当しているサーバの
月次更新も4日以降で問題は無いのですが、残念ながら1店舗はお正月も含めて
年中無休の大型ショッピングモール内でのテナントショップ、他にも8店の店舗は、
5年に1回、各地域で当番制のお正月営業のルールになっており、運悪く、8店舗
中の何処かが、必ず毎年当番に当たってます。

なので、この先も会社を退任するか、今の仕事内容を誰かに引き継がない限り
自分のお正月休日はあり得ませんが、こういう勤務態勢のお陰で、混まない平日に
連休を取って海外へ潜りにいけると思うと、今の仕事環境は自分に取ってベストかも
知れません。

そう思いながら、そろそろ仕事を再開することに。
今年も、宜しくお願い申し上げます~♪

2007年12月31日

●お正月に備えて

今年の11月初旬に入手してから、少しずつ飲んでた大好きな栗焼酎の火振り
ダバダの でかうんすけ ( 3升入りサーバー ) が、今月中頃に空っぽになりました
ので、お正月に備えて満タンに補充しました。

お正月と言っても三が日は毎日仕事ですから、朝から飲めるわけでは無いん
ですが、せめて三が日の夜ぐらいは好きな焼酎を飲みたい。

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ところでこの火振りダバダですが、いままで生産地の高知県へ行っては地元の
酒屋さんで買ってましたが、なかなか手に入らず、いつも手に入れるのに四苦
八苦しておりました。
しかし、この秋からネットで購入出来る事を知り、今では高知へ行った時に予約
してきたり、ネットで買ったりしております。

もともと高知で2,000円ちょっとの焼酎ですが、名古屋の酒屋では3,000円~
4,000円ぐらいで売られてますので、2,000円ちょっとの価格でネットで販売
されている酒屋さんにメールマガジン登録をし、販売開始の配信が届くとネットで
購入したりしております。

このネット販売もいろいろで、予約注文のみの酒屋さんだったり、販売開始時間が
決まっていたりとか、時には1~2分で売り切れたりしてとか、なかなかネットでの
購入もやっぱり困難を極めております。

そんな苦労して集めた貴重な一升瓶が、3本も一気に無くなってしまいました。
まぁ、3升が一気に無くなってしまったと言っても、3升がサーバーの中に移動した
だけなんですが、この焼酎サーバーは外から残量が見えないので、チビチビと
飲んでいたつもりでも、あっと言う間に無くなってます。
なので、3が日にちびちび飲んだら、次の3升が手にはいるまでf再び封印する
事にしようと思ってます。

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でも、こんなのも有るので、やっぱりお正月はこっちかな。
では皆さん、良いお年を~♪

●冬の奄美大島合宿報告(番外編 ) 買い物

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先週末の奄美合宿での最終日。
飛行機に搭乗する前に奄美のディスカウントショップに寄って、皆さんとお土産を
購入しました。

そこで自分は、いつも普段飲んでいる奄美の黒糖焼酎 里の曙を発見!!
価格が、名古屋の市場価格の 約 7掛けで販売されております。
一番大好きな焼酎はダバダなんですが、ダバダは値段以前に市場への流通量が
少なく手に入らないので、普段は手に入りやすい里の曙を飲んでます。

更に、流石に里の曙の地元だけの物が。
名古屋で販売されているのは長期保存タイプだけですが、長期で無い正味期限の
タイプも売っており、こちらは箱買いすればなんと 約6掛けの価格です。

店員さんに違いを尋ねてみると、中身の焼酎は一緒なんだけど、入れてる容器が
1年以上持つ物と、そんなに持たない物との違いで、3ヶ月ぐらいなら特に問題ない
ですよ、との事です。

飲んべえの自分は、思わず2箱購入しちゃいました。
これで当面は、ちまちまと買いに行かなくてすみそうです。

2007年12月21日

●タワーズのイルミネーション

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JR東海、名古屋駅セントラルタワーズビルの、クリスマス・イルミネーション、
タワーズライツです。
確かタワーズが出来た2000年の翌年からと思いますが、毎年この時期は
キラビヤカなイルミネーションで楽しまさせてくれます。

先日、夕方から名古屋駅近くで仕事があり、綺麗でしたので撮ってみました。
恋人同士っぽい若い子達や、家族連れの方達はイルミネーションをバックにして
記念写真を撮ってられますが、自分はいつもの如く、風景写真のみ。

思い起こせば、ダイビングを始めて写真を真面目に撮る様になってから、写真は
被写体や風景を撮すだけで、記念写真を撮った覚えがほとんどありません。
子供達はもういい大人なので、早く孫を作って一緒に撮ってみたいものです。

ところで、この所、仕事が忙しく11月のパラオ以来、ずう~っと海に行ってません
でしたが、明日からの今年最後の3連休は、何とか休日に出来ました。
そして、その内2日間は一年半振りの奄美大島で潜ってくる予定です。

2~3日はブログ更新が疎かになると思われますが、冬は初めての奄美にて
沢さん報告できる写真を撮ってこようと思ってます。
お楽しみに~♪

2007年12月07日

●気づけば、久々の休日だった

急遽、本日は休日です。
朝から散髪して、パスポートを受け取りに行き、そろそろ雪が降り出しそうな
季節なので、社用車のタイヤをスタッドレスタイヤに交換して、ついでに車高も
すこし上げて調整し、洗車をして、午後から年賀状の準備と、これでもかって
ぐらい、用事を済ませております。

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写真の赤色のスプリングを調節して、車の高さを調整します。
夏は19インチのタイヤの為に車高を低く、冬は雪に備え車高を高めに変えて
おります。

いつも休日は海にばかり行ってるので、いろんな用事が溜まっておりました。

うん?

あれっ? よく考えれば、先月のパラオ以来、海に行ってないぞ。
と言う事で、よくある事ですが気づけば14連勤してました。

それぐらい気付よって感じですが、パラオから帰ってきてから月末処理の準備と、
新製品の発売ラッシュによるスタッフの繁忙のバックフォローに追われていて、
ほんとに休日を取るのを忘れてました。

そりゃ用事も溜まるよって感じですが、次の休日予定は22日まで取れそうに無く、
またまた14連勤になりそうです。
そうなると、久々の1ヶ月のブランクダイバーになってしまう。

22日、まともに潜航できるのかな?

2007年11月23日

●ひとあし早いXmasプレゼント

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本日は勤労感謝の日でしたが、そのとおり勤労出来る事に感謝して仕事でしたが、
自宅に戻ってみると、ひとあし早いXmasプレゼントが届いておりました。

久々のドラゴンクェスト、しばらくは睡眠不足の毎日が続きそうで、嬉しい悲鳴です。
でも今回はDSライト用なので、いつでもどこでも出来るから、ちょっとはマシかも。

でも、もうひとつ嬉しい物も届きました。
来年春頃には、海デビューかな?

2007年11月02日

●長く待ち望んでいた物

かれこれ三年程前から捜しており、本日予約を入れておいたお店から届きました。

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初めて柏島のアクアスさんに行った時に見かけてから、
ずう~っと欲しくて捜しておりました。

ドラゴンズが日本一になった日に届くなんて、とても素敵な優勝プレゼント。
落合監督、今年は涙をこらえてましたね~
でも、ノリの涙なみだのMVPインタビューに、こちらもつい目頭が。

しかし、8回までパーフェクト投球の山井を、9回により勝利の確率が高い岩瀬に
変えるなんて、いち個人の誉れよりも、ドラゴンズと言う企業の日本一と言う大きな
目的達成の為に、どんな状況であれ、より確実な戦略を選択された落合監督の
クレバーな手法を改めて尊敬させられました。

自分も小さいながら会社を経営する一員として、勉強させられた良い試合でした。

ドラゴンズ、優勝おめでとう~♪

2007年10月20日

●グアムにて(1) ステルスB2 目撃!!

今回のグアムからの報告は、この旅行中で自分が、いちば~ん大喜びした
お話しからです。

今回、ダイビングは2日間とも毎日2ボート&1ビーチの、合計6本でしたが、
初日の3本目、ガンビーチでのエギジット後の片づけ中に、そいつは爆音と
ともに西の空から現れました。

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写真真ん中の、黒い物体。
大きく伸ばしたのが、下写真です。

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そうです、米国空軍戦略爆撃機のB-2スピリッツです。
産まれて初めてステルス機を見ましたが、ステルスって言っても、ゴォ~って
飛行機の爆音は出るんですね。

最初に目撃したのは、ガンビーチでエギジットして、カメラに砂を付けない為に、
車の中に入れて、器材を片づけ中でした。
飛行機の大きな音がしたので見上げると、西の方向からB52らしき空軍機が
アンダーソン基地に向かって飛んでいきました。

そう言えば、ヒルトンホテルから南方向は、一般道路が何かの訓練の為とかで
閉鎖されてましたので、関連してるのかと思っていたところ、再び、飛行機の
大きな音で見上げると何と、前から見てみたかった B-2スピリッツでした 。
大慌てで車に置いてあるコンデジカメで撮したのが、上の去りゆく姿です。

もっと早く気づけばと悔やみながら撮った画像を確認していたら、またしても
大きな音が、西方向の空を見あげると沈みゆく西日に重なって、B-2が飛んで
きてます。
慎重に待ちかまえて、真下に来たときに狙って撮した画像が下の写真です。

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あれれっ? 不思議な事に雲しか写っておりません。
ステルスって、真下からは写らないんでしょうかね?

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上の画像は、4枚とも、アメリカ空軍の公式サイトからの物です。
ヤシの木とB-2の画像は、アンダーソン基地ならではの絵ゾラですね。

参考までに、B-2スピリッツは、昨年も中国との情勢が悪化した時期に、一時期、
グアムのアンダーソン空軍基地に備されておりました。
今月9日付けの米国空軍発表の報道資料によると、「太平洋地域における戦略
爆撃能力維持に向け、ミズーリ州のホワイトマン空軍基地にあったB-2を 4機、
今月7日に、グアムのアンダーソン空軍基地へと 移動した」との事。

B-2スピリッツ爆撃機は、従来のB-52爆撃機に比べ100倍も優れたレーダー
探知回避能力を誇る多目的長距離戦略爆撃機です。
作戦半径は、約9600キロ(空中給油を受ける場合は1万6000キロ)と広大にて、
アンダーソン基地を基準とすれば、北朝鮮と中国の全域がこの範囲内に収まります。
更にアンダーソン基地からの距離は、北京まで4500キロ、平壌まで3800キロ
しか無く、米国空軍はB-2とともに、オハイオ州防衛軍 所属の空中給油機兼
輸送機のKC-135もアンダーソン基地へと移動しており、太平洋地域の潜在的
敵国に対する抑制力を確保する事ができるようになったと言えます。

グアムの米軍基地は、着々と大きくなって居るようでした。

2007年10月02日

●半期に一度のバーゲンセール

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先週末の土曜日、仕事を早めに切り上げ、某アウトレットモールにある愛用の
靴メーカーの、半期に一度のバーゲンセールに下の子供と行ってきました。

実はこの半期に一度のバーゲンセールは、いつも2足で半額のセールなので
今までは上の子供と2人で行っていたのですが、上の子供はまだ靴の追加は
不要との事。
なので今回は、下の子供と行こうとしていたところ、出発前に珍しく奥さんも
一緒に行くと言いだし、3人で出かけてきました。

高校生の時から愛用しているメーカーなので、靴のサイズ合わせも不要な上
買いたかった靴もすぐに見つかり、子供も欲しい靴がすぐに決まったので、
レジに並ぼうとすると、凄い数のお客さんがレジに並んでおります。

結局、並んでから支払いが終わる迄に、20分もかかりました。

いつもは空いてるのになぁ~と思って、気づきました。
このバーゲンセールは、いつも3月と9月の一ヶ月間やっており、今までは
いつも平日に来てました。
今回初めて、土曜日に来てしまったんですね。

更に、いつもついてこない奥さんが珍しく一緒についてきたなぁと思ってたら、
どうやら、このアウトレットモールが、つい最近、売り場面積を広げたらしいと
子供から聞いて知りました。
混んでるはずですわ。

やはり買い物も、ダイビングと一緒で平日に限りますね。

2007年09月25日

●iPod touch

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新しい自分のおもちゃが届きました。
先週末は久々の三連休でダイビングに出かけており、いつ届いたのか知りませんが、
発売日の28日より早く届きましたので、嬉しさ倍増です。

明日は三連休後の仕事ですから、当然、仕事はてんこ盛りのはず。
早く寝なくちゃ行けないと判ってはおりますが、寝る時間を削ってでも、PCに繋いで
ダウンロードし、視聴してみます。

う~~、楽しみです。

 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓

し~か~し・・・・
眠い目こすりながら深夜遅くまで、頑張ってみましたが、我家のPCは Windows、
今、巷で騒がれている様に自分のiPod touchも、やはりPCと接続アイコンが
出たまま、動きませんでした。

明日、会社に持ってきて Mac に繋いでみる事にします。

2007年09月07日

●本日は、半年点検

と言っても、車の事ではありません。
半年に1度のペースで受けてる、自分の尿路結石の検査の日です。

5年前に尿道結石を患ってから、半年に1度は検査を受けて結石が出来てきて
いないか、検査を受けております。
ことしは5月に血尿が出しておりますので、4ヶ月振りの早めの検査となりました。
結石が出来て居ないと良いのですが。

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写真は、本文とは全く関係ありません。自分が生まれ育った三重県の海です。
今年の夏、お盆も過ぎて海水浴客も居なくなったビーチです。

と、話は全く異なりますが、つい先日の事です。

朝、起きてみたら、ちびっ個建ての我が家の玄関前のネコの額ほど小さい庭に
置いてあった鉢植えが1個、無くなっておりました。

奥さんが3年ほど前から大事に育てていた花でしたが、2年ほど前にも同じ花が
無くなっており、それ以来、無くならない様にと歩道に近い位置から家の近くに
置いてありました。

環境的には我が家は名古屋市内でも郊外に近く、メイン道路からはずれており、
両隣りのお家でも皆さん同じ様に植木鉢やプランターンを並べております。
比較的、静かな街並みなのですが、心のない方は何処にでも居るようですね。

そんな事を奥さんと話しながら新聞を読んでいたら、何と我が家から歩いて5分
程の所にある、名古屋市交通局の市バスの駐車場に止めてあった市バスの
液晶モニターが3台、無くなっていたとの記事が載ってました。

よくよく読むと、駐車場は入り口の門が施錠されていても、市バス自体は扉の
鍵は無いそうで、バスの構造を知っている方なら誰でも開けられるそうですよ。
この液晶モニターは、乗客の乗下車の様子を撮したり、行き先案内の表示の
設定などに使用されており、PC等の一般のモニターとして流用が可能なんだ
そうです。

何だか、我が街も世知辛くなってきたようで、本日は悲しいお話しでした。

2007年08月22日

●明日の下見

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実家の父の通院の付き添いの所用ついでに、実家に久々に宿泊し、子供の
頃から泳ぎなれた川で、生物の撮影をする事にしました。

初日の本日は早めに自宅を出発し、父の通院前に隣町の銚子川の下見に行き、
通院後は、地元の三戸川の下見に行き、潜るポイントの候補地をいくつか選んで
明日の本番に備えます。
何事も、段取り80%、実行20%ですからね。

写真は、そんな地元の三戸川の下見に行く途中の風景です。
ここには、まだ子供の頃に見ていた夏の風景が、まだまだ残っております。

下見の結果は、残念ながら地元の三戸川は上流で、河川保存工事が始まった
ようで工事車両が行き交いしており、川には濁りがあり断念。
隣町の銚子川へ早朝から行くことにします。

但し、銚子川は数年前に有名なアウトドア雑誌で紹介されてしまい、夏場は
キャンパーや、BBQ一族でいっぱいです。
そんな中、タンク背負って、両手にデジイチ2台持って潜る自分は異様な存在。

きっといつもの如く、あれこれ見知らぬ人達に質問されると思うと、それだけが
ちょっと憂うつですね。

2007年08月15日

●お墓参り

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昨日の休日は、自分の実家と奥さんの実家のお墓参りに行って参りました。

子供達は2人とも仕事にて、平日休みの自分と奥さんの2人で朝から久々に
一緒に出かけてきましたが、趣味が全く異なる夫婦ですので、日頃より一緒に
出かける事は冠婚葬祭ぐらいで、今回も6月以来の事でした。

毎日がこんな風なので、いつも休日は全て海に出かける事が可能なんですね。
この点では、いつも自由に遊ばせてくれる奥さんに感謝しております。

さて、世間的にはお盆休みのUターンラッシュのピーク日と予測されるこの日、
なるべく渋滞を避ける時間計画で出かけましたが、やはり高速道路では一部、
渋滞に捕まってしまいました。

2ヶ所のお墓では、お盆と言う事でお墓参りの方を多く見かけ、高速道路の
渋滞も体験し、通り過ぎた道路沿いの清流ではBBQや川遊びを楽しんでいる
人達も見かけ、世間はお盆なんだなぁ~と感じました。

我が家も子供達が小さな頃は、世間的なお盆休みを家族で過ごしてましたが、
子供達が社会人となり、何故か2人とも金融業と言うお盆休みの無い仕事に
就いた為、夏は平日休みの自分とは休日が合わなくなり、夏の行動は家族
バラバラになってます。

おそらく孫でも産まれない限りは、我が家に世間的なお盆休みは戻ってこない
のでしょうね。
でも、そうなると海へ行く回数が減ってしまうので、それはそれで困ってしまう。

まぁ今考えて見ても、まだまだ先の事なんですけどね。

2007年07月27日

●今年2度目のフライング

本日は、ちょっとダイビングを離れたお話です。

名古屋市民にとって、今週末の日曜日は今年3度目の国政選挙の投票日です。
そうです、2007参議院選挙の投票日です。

投票日当日に投票に行けない自分は、昨日、仕事途中にちょっと時間を頂戴し、
名古屋市天白区役所へ期日前投票に行って参りました。
その証がこれ ↓ ↓

20070727aa.jpg20070727ab.jpg

7月26日に投票しても、投票済み証明書は7月29日執行になっております。
以前にも名古屋市の投票済み証明書を紹介しましたが、相変わらず、他の
都市に比べて豪華な投票済み証明書らしいです。

自分は20歳になって投票権を得て依頼、名古屋市以外で投票をした事がない
ので、全国どこでも同様な投票済み証明書だと思ってましたが、
前回ここで紹介した時に、皆さんからのコメントで名古屋が凄く豪華な投票済み
証明書だと言うことを知りました。

そこまでお金を掛けてるのなら、投票した日付入りの期日前投票済み証明書も
作成して欲しい物です。

なにせ、見栄っ張りの名古屋人ですからね。

2007年07月04日

●夏のお便り

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大好きなペンギン村の村民から、夏のお便りが届きました。
セーラー姿の可愛いお二人の写真付きで。

今年の夏も、こんなさわやかで素敵な夏だと良いですね。

でも自分のバケィションは、既に6月に終わっておりました。
かなしい~。

2007年05月14日

●閲覧カウンター

あれぇ~、よくよく見てみると、昨日のカウンターが78件。
過去最高でも、40件ぐらいなのに、急に倍近くも なぜ?

でも自分の下手な報告を、沢さんの方がご覧になって頂けるとは
嬉しい限りです。
皆さん、いつもありがとうございます。

昨年10月22日に、このアドレスに引っ越してきてから合計の閲覧数も、
あと少しで 5、000件になります。

今夜も頑張って、manboonの生活の報告を、書くぞぉ~。

2007年02月19日

●沖縄に行きたい!!

この自分が沖縄に行きたいと言えば、沖縄でダイビング。
と、思われるかも知れませんが、自分は沖縄本島では潜った事が有りません。
綺麗な海としては楽しそうですが、行くなら西表島で変態マクロ。

おっと、今回はそんな話じゃありません。
目的は、F22Aラプターの来日。

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17日に2機、18日以降に残る10機の合計12機の、アメリカ空軍の最新鋭
ステルス戦闘機F22Aラプターが、バージニア州ラングレー空軍基地から
ハワイ州ヒッカム空軍基地を経由して、米軍嘉手納基地にやって来ました。
ハワイからなら、写真の様な空中給油は無かったでしょうが、F22Aラプターが
海外に配置されるのは初めての事。

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戦争は勿論、大嫌いな自分ですが、ステルス爆撃機や、ステルス戦闘機は
かっこいいから見てみたい。
何でも、3~4ヶ月は駐留するそうなので、溜まってるマイル使ってダイビング
なしで見に行ってこようかなぁ~。

それにしても、配備に伴いパイロット20人を含む250人以上の空軍兵も派遣
されるとは、やはりアメリカは凄い国ですね。

2007年02月09日

●黒船 / サディスティック・ミカ・バンド

自分が高校生の頃に、一番沢さん聞いたアルバムです。

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自分と音楽の出会いは、中学生の時に洋楽からでした。
三重県の田舎町に住んでいた自分は、東京から流れてくる文化放送や、
TBSラジオ、ニッポン放送などのAM放送を、毎晩、聞いておりました。

当時、TVでは、山口百恵、桜田淳子、森昌子等の中三トリオとか、郷
ひろみ、西条秀樹、野口五郎、ピンクレディなどが活躍中。
生意気小僧の自分は、そんな音楽番組TVを小馬鹿にして、ラジオで
洋楽しか耳にしておりませんでした。

そんな自分に和製ロックの素晴らしさを感じさせてくれたのが、日本の
サディスティック・ミカ・バンドのデビューアルバムでした。
当時洋楽は、ブリティッシュ&アメリカンロック、グラムロック、カントリー、
ソウル等が全盛期で、レゲエが出始めの頃。
そんな頃に、それらの音楽にスカまでフィーチャーしたバラエティ溢れる
サウンドの音楽ばかり。

そんな彼らが、ビートルズもプロデュースした事のあるクリス・トーマスを、
プロデューサーとして起用したアルバムです。

アルバムコンセプトは、江戸時代末期の幕末の日本の風景。
"雪がしんしんと降る"の、世界中で日本人だけが表現できる"しんしん"の
音を、クリスに理解させる為に、相当苦労されたとか。
当時世界で最先端のプロデューサーに、日本の歴史、文化を表す音楽
作りはさぞかし大変だったと思いますが、初めて聞いたときは驚きだけ
でした。

30年以上を経た今聞いても、全然古さを感じません。
3月には昨秋発売されたアルバムに収録された曲を中心にして、東京で
一夜限りのLIVEを演るそうで、ちょっと楽しみです。

もともとこの再活動はキリンビールのCFがスタートですが、最近のキリンの
CFは自分がもっと好きなバンド、YMOが出ております。
ひょっとして、YMOも再結成?

2007年02月08日

●CFカード

デジタル一眼カメラをお使いの方なら、ご存じのコンパクトフラッシュカード。
来週のパラオ行きに備えて、4Gを1枚追加購入しました。
価格は、なんと1万円弱。

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いま使っている同じ4Gの容量の物が、D200が発売時には4万円弱でした
ので、約一年ちょっとで、ずいぶんと安くなったものです。
おそらく今でも高いメーカーのは、相変わらず高いとは思いますが、それに
してもこの手のメディア物は、どんどん安くなっていきますね。

最近、海外へ行く時はメディアの容量が足らないので、旅先でPCに落として
おりましたが、これからは4Gのカードを複数枚持って行けば、PCを持って行く
必要が無くなります。

自分たちの様に、カメラ関連の荷物だけで大荷物になる奴は、それだけでも
大助かりです。
この調子で、カメラ本体自身も安くならないですかねぇ~。

2007年02月04日

●愛知県知事選挙投票日

今日2月4日は、愛知県知事選挙投票日です。

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自分は選挙の投票は国民の義務と思い、選挙権を得てから一度として
無投票にした事が有りません。
幸いにしてか、夢が叶わずか、未だに海外での長期期間の生活経験が
無い事もあり、不思議と投票日に突然の冠婚葬祭が重なる事も無く、
当日に投票に行けない時は、不在投票に必ず行きます。

だからと言って他人にまで、自分の考えを押しつける気持ちも有りません。
奥さんも子供達も、投票したりしなかったりですが、それが間違っている
行為だと叱る気持ちもありません。
その人、人の考えと思っております。

そんな自分が、今回は今日がうっかり投票日と忘れておりました。
いつもであれば出勤途中で投票する為、予定より30分早めに起きる
のですが、今回は朝刊の1面で気づきました。

そんな訳で、今日の朝食は出勤中の車の中で食べたのでした。

2007年02月03日

●サカナの図鑑

予定通りであれば、今日は獅子浜へ アカアマダイ の写真を撮りに行く予定
でしたが、昨夜は仕事上での接待が入り、月曜日迄に仕上げる仕事の為、
休日変更となりました。

1月はわりと予定通り休日は消化できましたが、12月以来の突然出勤。
突然出勤は例年1月~2月はまず無いのですが、ちょっぴりイヤな予感です。

話変わって、自分はサカナの図鑑フェチ、または図鑑ヲタクです。
撮影したサカナで、所持している図鑑で調べて判らないと、載っていると
思われる洋書の図鑑を購入してしまいます。

国内の代理店が無いときなんかは、アマゾンでISBNコードで検索し購入
する時もあります。

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今回購入したのはハナダイの図鑑です。
以前にシパタンで撮影した、ハナダイらしきサカナの識別がしたくて
購入しました。

載っているといいんですが、載って居ない場合は " 名前の判らない
海洋生物 " シリーズ行きですね。

2007年02月02日

●ワンセグ放送

昨日も書きましたが、PC用のワンセグ受信用キットの続きです。

設定した結果は、
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このように上手くいきました。
なかなか綺麗に映りますし、録画も可能で1時間ドラマを録画する容量も
200Kbぐらいと結構保存が出来ます。

しかし、改めて放送番組数が少ない事に気づきました。
ケーブルTVに慣れてしまった自分には、全部でも7chしかないワンセグ
地上波デジタル放送は、非常にch数が少なく感じてしまいますが、
特売でなくても1万円も前後で売ってますので、PCで何か作業しながら
画面の片隅でワンセグ放送を見たりとか、ちょっと息抜きには良いかと。

結構、お勧めできるアイテムですね。

2007年02月01日

●衝動買い

月末の2日間は連日の日付超えの仕事でしたので、今日は早めに帰宅しました。

帰り道に頼まれ物の充電池を買いにと、大手家電量販店に寄り道して無事に
頼まれ物を購入、ぷらっとPCコーナーに立ち寄ってみると、PC用のワンセグの
地デジチューナーが特売されておりました。

ふんふんとパッケージに書いてある説明を読んでみると、へぇ~てな感じで、
思わず買っちゃいました。

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そんなことで、今から設定してみます。
無事に映るかな~?

2007年01月26日

●久々のフォトダイビング

今週の週末は、今年初めてD200を海に持ち込みます。
コンデジではチョロチョロ撮しておりましたが、12月15日に須江での撮影を最後に、
真剣な水中での撮影は久々です。

20070126aa.jpg
( 写真は国内でのカメラケースに、いろいろ詰め込んだ状態です。)

金曜の夜に出発なので、仕事から帰宅して準備していると、あまりにも久しぶり
なので電池の充電具合を覚えておりません。
D200は専用電池で電池メーターが付いているので問題ないのですが、ストロボの
Z240は市販の単3充電池を使用しているので、確認ができません。

リチウムだから良いじゃないと思う方も居るでしょうが、それは大きな勘違いです。
リチウム電池はメモリー効果が無いので、継ぎ足し充電はOKですが、所詮、
充電池ですので科学的な充電池回数に限りはあります。
従って、出来るだけ充電回数を少なくする様に努めた方が長持ちしますので、
自分は出来る限り、充電が無くなる手前まで使います。

あれこれ考えた結果、その電池はライトに入れて、ストロボは完全充電済みの
電池に交換しました。
次回からは、ダイビング後に保管する時はメモを残すことにいたします。

2007年01月25日

●再び、奥さんのPC壊れる

先週、半徹夜状態で初期化を繰り返して治ったはずの、奥さんのPCが、
再びWeb接続が出来なくなりました。

再設定し直して、2~3日は正常に動いていた無線LANですが、親機に
認識されておりません。
しかし、今回は有線LANでは問題なく接続できるので、無線LANの子機が
壊れたかなと思い、試しに自分のノートにその無線LANの子機を接続して、
無線LANを構築してみると、まったく問題なく動きます。

更に試しにと、自分の会社用のノートPCに挿入しても問題なく作動します。
( この事は会社に内緒です、ばれたら怒られてしまいます、って怒る立場の
人は自分ですが・・・ )

奥さんのノートPCと、自分のノートPC、会社用のノートPCのOSは、全て
同じXPのSP2です。
こうなると、奥さんのノートPCの無線LANの子機を接続している、カード
スロットルの損傷か、PCのボードの故障が考えられますが、購入してから
既に5年以上も使っているので保証など聞くわけも無く、修理に出したところで
一ヶ月ぐらいは戻ってこないと思います。

残す手として、USBポート接続の無線LANの子機を試す事も考えられますが、
しばらくは面倒でも、有線LANが有る部屋にPCを持って入って、接続する様に
我慢して貰う事になりました。

10年前なら当たり前の事でしたが、今では不便と感じられ、まったく便利な
世の中になったもんです。

2007年01月19日

●ステルス戦闘機&爆撃機

洋楽好きでMTV等の音楽番組好きな方なら、現在ヒット中の U2&グリーン・デイの
共演作 " ザ・セインツ・アー・カミング " のビデオクリップは一度は見た事が有ると
思われます。

B2%20Bomber-b.jpg

その中のシーンで、アメリカのステルス爆撃機 " B2ボンバー " が、ハリケーンの
カトリーナでの被災者に、救援物資を空からパラシュートで落とすシーンが有ります。
大変、感動的な映像に仕上がってますが、本来は救援物資で無く、爆弾を落とす
のが目的の爆撃機で、先のイラク戦争でもインド洋から飛び立ち、敵に見つからない
まま空爆をこなして、無傷で基地に戻っておりました。
一昨年以来、現在もグアムのアンダースン基地には、2機配備されております。

F22%20Raptor%20.jpgF117%20NightHowk.jpg

それに加え、先日のNEWSで米空軍次期主力機でF15戦闘機の後継機となる
F22ラプター戦闘機12機が、2月からアメリカ国外で初めて嘉手納基地に、又、
韓国にもF117ナイトホークが、ともに5月迄の訓練目的で配備されるらしいです。

北朝鮮がおかしな動きすれば、いつでもアメリカのステルス3機種が出動可能な
状態になるわけです。

本当の出動は無い事を祈りますが、このチャンスに本物の、B2、F117、F22を、
一度だけでも見てみたい物です。
( 写真は全てアメリカ空軍の公式Webサイトから無断で頂戴しました、ごめんなさい。)

2007年01月18日

●送別会

昨夜は、自分のブログにもリンクの貼ってある " 南の国から ゆう日記 " の、
ゆうゃんの送別会でした。
錦での韓国料理に始まり、緑区のアジアン居酒屋で終わりを迎えたのは、
午前3時でした。

今週の日曜日には南の島へ旅立つ予定にて、長くても 3年で帰ってくるそう
ですが、いよいよ来週から、タイトル通りの南の島便りをブログに書いてくれる
事でしょう。

20010318%20liloan.jpg
( 2001年3月 フィリピン・リロアンにて )

自分の夢は50歳でリタイアし、南の島で毎日、海で好きな写真を撮って暮らす
事です。
予定通り、2人の子供達も無事に社会人になり、特別に大きな借金も無いので、
いつでも旅立つ気持ちはできてますが、南の島へ行く気が全くない奥さんの事や、
老後の事、会社を辞める事が難しい事などを考えると、夢の実現は困難なのが
現状です。

ゆうちゃんを見てると、とても羨ましく思います。
慣れない習慣の外国での生活ですが、体だけは壊さないで、いつか無事に
日本に帰って来て、再び、一緒に潜れる事を祈ります。

でも、その頃には、自分も南の島で暮らしていたいですけど。

2007年01月17日

●PC修理

今日は先日壊れた家のデスクトップPCの修理です。

自分なりに故障の原因がハードディスクと思うのですが、所詮、素人の
判断にて、もしもメモリとか他の部品だったらどうしようかとも思いましたが
まぁその時はハードディスクとの増設と思えば良いかと思い、朝一番で
大須へ行ってハードディスクを購入してきました。

自宅に戻って、壊れていると思われるハードディスクと交換をしたところ、
自分の素人判断は合っていたようで、無事に治り、バックアップをしていた
データや、いろんなアプリソフトを入れ直し、やれやれでした。

ほっとしたところ、今度は奥さんのノートPCがインターネットが見れないと
言いだし、どうやら無線LANが、認識されていない様子です。

昨年秋に購入し直したばかりなのにと、改めて設定し直しても、どうやら
無線LANの子機から送信はしているのですが、親機のルータが認めて
くれない様子で、何度、設定ソフトを削除して入れ直しても変わりません。

今夜は、ダイビング友達でこの日曜日から、しばらく海外へ行ってしまう、
ゆ◯ちゃんの送別会が有るので、取り急ぎは有線LANだと思って有線の
設定をしたところ、有線もPCから送信していても受信ができません。

何なんでしょうね?
結局、奥さんには今夜は我慢して貰って、明日の夜に一度PCを初期化
するつもりです。

でも、明日の仕事が終わる予定は23時。
明後日は10時に取引先との約束が有りますので、初期化する作業時間も
あまりありません。
でも今週末は大瀬崎の予定ですから、それまでに直さないと、大瀬崎には
行けなくなってしまいます。

結局、睡眠時間だけが無くなりそうです。
うぅっ・・・・。

2007年01月16日

●NEWマシーン F2007

まぁ、ありきたりの名前ですが、今年のフェラーリの新型です。

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( ( 写真はいろんなWebサイトから無断で頂戴しました、ごめんなさい。)

14日に発表したかと思えば、早くも翌15日にはフィオラノでシェイクダウンテスト。
面白いのは、マッサがドライブで、キミとシューマッハが付き添っておられます。
巷で噂されている様に、キミは未だにマクラーレンからは解放されていないのか?
それとも噂のシューマッハのテストドライブが、ひょっとしてあるのか?

どちらにしても、本レースではシューマッハが乗る事の無い真紅の跳ね馬ですが、
今年はどこまで頑張れるんでしょうね。

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開幕までは、まだまだ約二ヶ月も有りますが、アロンソ小僧が操るマクラーレンも
新型のMP4-22を発表し、ルノーは発表前のR27の写真をスクープされたりと、
今年も話題に欠かさないF1です。

3月18日のメルボルンが、待ち遠しくてたまりません。

2007年01月12日

●今度は、PCが・・・。

3年ほど前に購入し、主にDVDのバックアップや、写真の整理、iチューン等に
使っていたPCが、昨夜、とうとう動かなくなりました。

去年の8月末頃より、DVDのバックアップ中に突然、電源が落ちだし、11月
頃よりブルーバックの最悪の状態に進化して、とうとう、昨夜、完全停止の
不機嫌状態になりました。

危なくなった頃より、データは全て外付けHDに移しておいたので、最悪の
事態は避けられましたが、それにしても、去年の夏以降、電子レンジ、掃除機、
ポット、会社のPC、今回の自宅のPCと、家電製品がつぎつぎと壊れます。

思い出せば、去年の春に、水中でのライト、ストロボと続けて壊れました。
去年は、自分にとって物が壊れる年だったのでしょう。
壊れるのが体でなくて、良かったです。

明日、明後日は、11月以来の連休。
西伊豆に、Wタンクの特訓に行ってきま~す。

2007年01月03日

●子供達のお手本

毎年の事ですが、「家の子供達はああいう大人になってほしくないな」って
思う事を、大晦日から三が日にかけて目にします。

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自宅からオフィスまでの通勤は、毎日、熱田さん(熱田神宮)の南西側の
交差点を曲がりますが、この時期、帰り道は路上駐車の車がいっぱい。
もちろんパトカーも、お巡りさんも居るのに取締りを致しません。

普段通りに左車線を走って左折はできないので、左から1本右側を走って
いると、突然、前の車が急ブレーキを踏んで左側によせて止まったりして、
とても危険です。
安全を考えて、もう1本右を走っていると左折ができない事が有るので、
危険を承知で注意しながら、左から1本右側を走ってます。

「だったら、違う道を通ればいいじゃん」って、思う方も居るでしょう。
でも、心がせまい奴やなぁ~と思われるかも知れませんが、年末年始も
働いている自分にしてみれば、休日で遊んでいる人達に通勤道路を
譲ってしまうのは、しゃくに触りますので違う道は通りません。

その心のない違法駐車の人達ですが、子供連れの方も多く見かけます。
子供の前で「周りのみんながやってるから」 などと、言い訳をしてまで、
堂々と交通違反をするのは、やめてほしい物です。
せっかく、すぐ近くに名鉄の駅も、地下鉄の駅もあるんだから、車でないと
行けない所では有りません。

子供はいつも親を見て育ってます。
自分は家の子が入学前に、一度間違ってゴミを道路に捨てた事が
有ります。
それを子供はしっかり見ており、後から奥さんにえらく怒られました。
それ以来、子供の前では常に自分の行動に注意しております。

そもそもお巡りさんが、路上駐車の人たち全員に交通違反の切符を
発行すれば無くなる問題です。
"正月くらい"とか、"慣習なんで"とかで済まさずに、間違っている事は
間違っていると正しく正すのが、お巡りさんだと自分は思うんですが。

お正月そうそう、頑固者の話で申し訳ありません。
それにしても、交通違反をしてまで初詣して、神様はそんな心ない
人達に、ご利益を与えてくれるんでしょうか?

2007年01月02日

●神の子 健在

新年早々、世間より遅れを取っておりますが、元日の夜、ようやく大晦日のK1GPを
録画で見ました。

09_majoros_kid_04.jpg
( 写真はK1オフィシャルサイトから無断で頂戴しました、ごめんなさい。 )

と言っても全部見る時間がないので、とりあえず、所英男VSグレイシー兄ちゃん、
須藤元気VSジャクソン・ページ、そして神の子、山本"KID"徳郁VSイストバン・
マヨルシュの3戦だけですが。

特に見たかったのが 山本"KID"。
北京オリンピックを目指している為、5月3日の1ラウンド4秒KOの宮田和幸戦
以来の試合、期待いっぱいの試合でした。
相変わらずのケモノの様なファイターぶりは健在でしたが、今回はオリンピック
金メダリストとは言え、ちょっと対戦相手が・・・。

最後のボディブローで倒したあとも、いつものがむしゃらな止めの攻撃ではなく、
ゆるゆるのパンチと、1月の天皇杯全日本選手権に出る為なのか怪我をしない
様に意識した上での結果でしょうが、ちょっと最後はいまいちでした。

でも、頑張って北京オリンピックに出てほしい物です。
今月末の天皇杯、60Kgフリースタイルに注目ですね。

2007年01月01日

●2007年 元日

皆様、明けましておめでとうございます。
本年も当ブログを暇つぶしに、是非ご覧下さい。
誤字脱字が有ってもお許し願いますが、間違った内容の時は速攻でご指摘を
下さいませ。

さて本日は朝から元日営業をしている3店舗の内、2店舗に激励訪問をして、
お昼に一度オフィスに行きました。

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写真は我が社が入っているのビルのキーボックスです。
このビルは我が社の親会社の自社ビルで、建築中の当時は自分もそこに在籍
しており、完成した時は引っ越しやら、テナント様の入居手配など、自分が担当
しておりました。
グループ内では、その親会社と我が社の2社だけ入居しており、他に10社ほど
テナント様として入居して頂いております。

全部で20室のキーが入退室カードで取り出せるのですが、自分以外にも出社を
されている会社が、一社だけありました。
見えにくいですが緑のランプが点いてると、留守の表示です。
昨夜22時過ぎに帰社する時は、自分が最終退出者でしたので、他にも出社して
いる人がいると、ちょっぴり嬉しい気分です。

しかし我が社でオフィス出社は自分だけ。
ひとり寂しく12月の月末締め処理と月次更新に没頭し、元日営業している残り
1店舗に閉店前に激励訪問。
閉店後、元日だと言うのに、マネージャー、店長、副店長と自分の4人で、販売
促進のミーティングまでしちゃいました。

元日から、普通にまじめに働いて、この一年もやっぱり仕事、仕事かなぁ?
あ~~、早く、潜りたい~~!!