●瀧山寺と、瀧山東照宮 その3
本日は瀧山寺シリーズの最終回、瀧山東照宮です。
全体に曇り空の写真が多くなってしまい、申し訳ありません。



東照宮とは徳川家康公を神様として奉られた神社にて、江戸時代初期の頃に、
幕府によって建立された物や、全国各地の徳川一門、松平一門など大名家や、
譜代大名家、外様大名家も建立されており、最大時には全国で500社を超えて
おりましたが、明治6年の神仏分離における廃社などによって現存しているのは
約130社とされております。
その中で瀧山東照宮は、日光東照宮、久能山東照宮などと同様に幕府によって
建立された東照宮のひとつであり、1645年(正保2年)に徳川幕府3代目将軍の
徳川家光公が瀧山寺境内に創建されました。
尚、前述の明治6年の神仏分離により、現在では瀧山寺と瀧山東照宮は別法人と
なっております。

西方向から見た姿の写真、右端に写っているのが水屋、続いて真ん中が
拝殿・幣殿で、中門があり、その左が本殿です。
位置的には瀧山寺境内の本堂東側のいち段小高くした整地面に、全体を石柵で
囲まれて建立されており、境内から石鳥居を通って入る事になります。
石鳥居の北側に東向き水屋が建ち、その東北に南向きに拝殿と幣殿が一つの
建物で建っていて、拝殿・幣殿の北側の更にいち段小高い整地面に中門が建ち、
その北奥に本殿が建っており、全て国の重要文化財に指定されております。



「瀧山寺縁起」によれば、瀧山東照宮は家光公が「三河の国は徳川家の本国にて
岡崎城は家康公誕生の地、瀧山寺は家康公が岡崎在城の折り信仰も厚かった
霊地にて、この地に東照宮を」と建立されたそうですが、日光東照宮、東照宮に
比べると比較的規模は小さめです。


とは言っても、流石に東照宮。カラフルな紋様は美しいです。

賽銭箱は、やはり葵の御紋入り。

もうひとつ瀧山寺本堂の北側に建つ日吉山王社本殿は、1608年(慶長13年)に
家康公によって建立されたと伝わっているそうですが、本殿床下の背面板壁の
内側に「正保2年6月」の墨書きが残っている事や、斗組、木鼻などの様式が、
瀧山東照宮のものとほぼ一致することから、1645年(正保2年)の瀧山東照宮の
建立時に家光公によって修復された物と考えられるそうです。

痛みが激しく、上の写真の様に風雪から守る為なのか本殿全体が大きな小屋の
中に収まっております。
以上、3回に渡る瀧山寺&瀧山東照宮の見学報告でした。
