●半田市の 赤煉瓦工場
先日の赤煉瓦つながりで、本日は赤煉瓦の建物では愛知県内で一番有名な
赤煉瓦工場の報告です。




この赤煉瓦工場は、名古屋市から南へ車で約40分ほどの距離の半田市に、
1898年(明治31年)10月に丸三麦酒株式会社の醸造工場として建築された
建物にて、明治33年のパリ万国博覧会で金賞に輝いた「カブトビール」を醸造
しておりましたので、現在では「旧カブトビール工場」と言われております。
設計者は、横浜の赤煉瓦倉庫を設計された明治時代の建築界の巨匠のひとり、
妻木頼黄氏です。
現存する赤煉瓦建築物としては、東京駅、横浜赤煉瓦倉庫、北海道庁に次いで
全国4位の大きさであり、煉瓦建造物にしては珍しく5階建ての高層建築物にて、
建築時の棟札でも「煉化石造5階家」(総建坪、約582坪) と、なっております。
先日報告ずみの 大浜漁協の赤煉瓦倉庫 と同じイギリス積みの赤煉瓦造りでも
大きさは10倍ぐらいと大きな建物です。
その後、丸三麦酒株式会社は日本第一麦酒株式会社に吸収合併され、1908年
(明治41年)に加冨登(かぶと)麦酒株式会社に社名を変更し、大正期にも増築が
繰り返されてきましたが、1943年(昭和18年)に大平洋戦争の激化にて、ビールの
生産は停止されました。
戦争末期頃には、中島飛行機半田製作所の衣糧倉庫として使われていた事で、
アメリカ軍によって攻撃目標とされてしまい、小型戦闘機P51によって機銃掃射を
浴びた無数の弾痕跡が、現在でも北側壁面にはっきりと残っております。

写真の左部分に写っている黒い穴が弾痕跡です。
戦後の1949年(昭和24年)からは、日本食品化工株式会社のコーンスターチ加工
工場となってましたが、1996年(平成8年)に老朽化が進み工場は閉鎖し、煉瓦造
4階建の「浸漬」、「醸造」部門、汽罐室や煙突などが解体されましたが、取り壊し
しなかった残りの建物を半田市が買い取り、平成16年に国の登録有形文化財に
指定されました。




基本的には施錠された柵の中に建っており、建物の中へは入れませんが、年に
数回、半田市が中の見学会を設定しております。
建物には季節柄か、クリスマスのデコレーションアップがなされてました。

クリスマスリースには、黄ない「ごんぎつね」も付いてます。
半田市は、小学生の教科書に使われてる「ごんぎつね」の作家の新美南吉氏の
出生地にて、新美南吉記念館もあります。


こちらは先日報告ずみの 大浜漁協の赤煉瓦倉庫 とは違って、国の登録有形
文化財に指定されております。
外観だけなら年中いつでも見学が可能ですから、 大浜漁協の赤煉瓦倉庫 とは
有料道路の衣浦海底トンネルを使えば車で20分ぐらい離れてるだけですので、
セットで見学されるのも面白いと思いますよ。


























































































































